「ねえねえ貴女、アンバー様とお知り合いなの?」
授業が終わるとクラスメイトが声を掛けてきた。子爵家のご令嬢だったかしら。キラキラした目で私を見つめる。彼女の言葉に空気が波打ち、私に視線が向くのを感じる。
この貴族社会において身分の影響は大きく、公爵家の令嬢であり第一王子の婚約者であるアンバー様の影響力は大きすぎるほどだ。
「いいえ、アンバー様のお知り合いと勘違いなさってたみたいなの」
私がそう言うと、彼女は「そうなんだ」と私に興味をなくしたように見える。
「レオ様よ」
窓の外を見ている女生徒たちの声が聞こえて、その次に聞こえる単語は予想がつく。
「アンバー様もいらっしゃるわ」
「本当に絵になるお二人ね」
窓の外に皆の興味が移ったことを確認して、私は席を立った。いつもの場所にお昼ごはんを食べに行こう。
悪役令嬢のアンバー様。
でも、お姉ちゃんが悪役令嬢ならば、この物語の主人公は悪役令嬢なのでしょうね。多くの悪役令嬢転生物語のように。
私はピンクブロンドの男爵令嬢。悪役令嬢が主人公の物語では、原作ヒロインは男に媚びたバカな女だ。
『ハナロマ』のヒロインを思い出す。素直で頑張り屋さんで、大好きなヒロイン。ミアをそんな女になんてするもんか。
・・
「ねえねえ、萌々香先輩の妹なの?」
高校に上がってすぐのこと。自席で予習をしていると、クラスで一番目立つ女子が声をかけてきた。
「うん」
「私も萌々香先輩と同じテニス部なんだけど、萌々香先輩にお願いされたの」
「何を?」
「菜々香をお願いねって。クラスに馴染めてないんじゃないか心配してたよ」
彼女の隣には彼女のグループの女子が並んでいる。皆クラスの中心の華やかな子たちだ。高校入学組の彼女たちは、私たちが姉妹なことを知らなかったようだ。
「ありがとう」
私は曖昧に笑って見せた。
それから彼女たちは何度か私に話しかけるようになり、そのたびに私が曖昧な態度を取るから不快に思ったんでしょうね。時折聞こえるように嫌味を投げつけられた。
「萌々香先輩とは全然違うわよね」
「話しかけてやってんのに何あの態度」
「私たちがせっかく時間を作ってるのに」
「まあ萌々香先輩は感謝してくれたからいっか」
何のためにお姉ちゃんはそんな依頼をするのだろうか。七歳からずっとこの学校に通っていて情けをかけられずともそれなりに友人はいる。
お姉ちゃんも彼女たちも、クラスの中心にいる事こそが幸せだと思っているんでしょうね。
私は穏やかに過ごすことが出来ればいいだけなのに。
・・
穏やかに過ごしたいという願いは叶えられない。
ヒロイン、とはそういうものだから。
『ハナロマ』で攻略対象たちと出会うきっかけは「ファーストクラスに編入する」こと。そしてもう一つ避けては通れない場所がある。
乙女ゲームの学園モノあるある、謎生徒会。
ロマンス学園では、五つの魔法属性で一番能力が高い人が生徒会のメンバーに選ばれる。この作品の攻略対象たちは能力が優れた人ばかり。つまり生徒会メンバーの五人は皆攻略対象なのだ。レオ様は雷だったかしら?
私は基本的な魔力は平凡だったけれど、他の誰も持っていない光属性だから自動的に光属性のトップとなり生徒会メンバーに選出されてしまった。なんとか逃れようとしたけど、こちらは無理だった。
「今日からよろしくね、ミア」
そう微笑むのはメインヒーローである第一王子レオ様。遠くからしか見たことがなかったけれど、実物を間近で見るとあまりの美しさに同じ人間だとは思えない。金髪碧眼、誰もが羨む完璧な王子様だ。
「よろしくお願いします」
「よろしく頼む」
「……よろしく」
「君ってお花みたい、お花ちゃんよろしくね〜」
レオ様の側近の長髪銀髪クールメガネさん、学業と騎士団を両立させている赤髪のがっしりした堅物さん、天使の顔をした生意気な天才魔法使いさん、遊び人のちヒロインにだけ本気になる色気を漂わせた上級生さん。いかにも攻略対象らしいメンバーだ。
挨拶した五人はそれぞれ個性と魅力がある。
知力、体力、魔力、魅力それぞれのパラメータをアップすることで、彼らとのエンドが迎えられる。レオ様は全ての能力を上げなくてはいけない攻略が難しいキャラだ。
パラ上げが全てのこのゲーム、今は能力もなくファーストクラスでもない私に彼らの反応は薄い。
でも別に私は彼らと恋愛する気などない。当たり障りなく過ごせたらそれでいい。
レオ様とのベストエンドを迎えるために前世の私はパラ上げを頑張ったなあ。なんて考えながら生徒会室を出ると、そこにはアンバー様が待ち構えていた。