私はライリーに全てを話した。
 私とアンバー様は姉妹だったということ、初めてお茶をした時に前世を思い出したということ、この世界の元となる物語を知っていること、アンバー様の婚約者を奪うのではと疑われていること、萌々香と菜々香の関係までも。

 信じてもらえないかもしれないけど、ライリーに誤解されるのも嫌だ。つまらない嘘だと思われるかもしれない。でもライリーは信じてくれる、そんな気がした。

「なるほどね」

 ライリーは話を聞くと、もう一度干し草に寝っ転がった。先程までの怒りのようなものは消えて、眠そうな瞳に戻っている。

「なるほどって……信じてくれたの?」
「うんまあ」
「本当に?」

 あまりにもあっさりしているから逆に不安になる。

「辻褄が合うし、ミアがそんな嘘ついても仕方ないだろ」
「ライリー、ありがとう」

 ライリーが私を引っ張り、私も干し草の上に寝転ぶ形になる。目の前にはライリーの顔。

「でも心外だな。俺が流されると思ってたんだ?」

 鼻と鼻の距離がすごく近い。そんな距離でライリーはいたずらな顔をする。

「だってアンバー様ってこの国一番の美人なんだもん」
「へえ?まあ人には好みってものがあるからな」

 ライリーがまた私の鼻をつまんで笑った。

「私ね、アンバー様のこと、いつまで萌々香のつもりなのかしらと思ったけど。私も気持ちが菜々香に戻ってしまってたわ」

「うん。ミアはミアだよ。俺とずっと過ごしたミアだ」

 ライリーは力強く言ってくれた。同時に私の腕を握るライリーの力が強くなる。

 そう、私はミア。ミアとして十六年間生きてきた。
『ハナロマ』の『ミア』じゃない。『乙女ゲーム』の『ヒロイン』じゃない。

 私はミア・ハリディ。ピンクブロンドの田舎の貧乏男爵令嬢で、ライリーのことが好きな、ただのミアだ。


「それにしても。ミアが俺を閉じ込めたいなんて独占欲があったとはなあ〜」
「そ、そこまで言ってない」
「そう聞こえたけど?」

 乙女ゲームのヒロインにあるまじき考えは見透かされていたらしい。でもライリーは嫌そうな顔はしていない。むしろ楽しそうだ。

「俺のところに来なくなったこと、許してやらねーって思ってたけど、そういう理由ならいっか」

 ライリーは目を細めて私を見る。私たちは恋人じゃない、ただの幼なじみだ。でも、今日のライリーの言葉たちには期待してしまう。

「俺ももうちょい外に出るか。俺がいるって分かったらアンバー様も少しは執着が減るんじゃない?」

 ライリーは軽く言ってくれるから、私の心も少し軽くなる。
 何よりライリーと過ごす時間が増えることになるのも嬉しかった。



 ・・


 しかし、執着は減ることなくむしろ増した。

 アンバー様は変わらず、私と時間を過ごそうとした。ライリーは今抱えている仕事だけ片付けなくちゃとすぐには学園に来れなかったからアンバー様の安心要素にはならなかったようだ。

「ミア、今日は一緒にランチをしましょうよ」
 アンバー様は今日も私の前に現れて微笑んでいる。ここ数日毎日この調子だ。私が断るとアスカム様を誘っているらしい。どうしても私とレオ様の関係を把握しておきたいらしい。

「すみません、予定がありまして」
「でもお話したいことがあるの」
「ごめんなさい、本当に予定が……」

 昨日もなんとか断ったけれど、今日は本当に予定があった。光属性の調査としてこの国の魔法研究所の方と約束があった。

「お願いミア」

 アンバー様は私の腕を取った。以前もこんなことがあったけど、あの時はもっと優しかった。今日はキリキリと爪が食い込んで痛い。

「魔法研究所の方がいらっしゃって……」
「ねえどうして私は生徒会室に入れなくなったのかしら」
「えっ」

 どうやらゲイティス様は実行したらしい。いつも微笑みを絶やさないアンバー様は真顔で私を見下ろしていた。冷たい瞳だ。

「ミアがそうしたの?」
「ち、ちが――」
「私を追い出そうとしたんでしょう!」

 そのアンバー様の鋭い声は廊下に響いた。近くにいた生徒たちが振り返り、私たちのことをぎょっとした表情で見ている。アンバー様はそのことに気づいていないようだ。

「あっ、ガーネット嬢、お花ちゃん。何してるの〜?」

 私がなんと反応すればいいか迷っていると、柔らかい声が聞こえてきて、そこにはアスカム様がいた。
 アスカム様はやんわりとアンバー様の手を取って、私の腕から引き離した。

「お花ちゃん、魔法研究所の方がもう到着されたみたいだよ、急いで。ガーネット嬢、レオが一緒に食事をしようと言っていたよ?」
「ええ、ありがとう」

 彼がふんわりと話すから、アンバー様もようやく我に返ったように微笑んだ。

「じゃあね、お花ちゃん。ほら、ガーネット嬢こちらだよ」

 二人が去っていっても、周りの生徒たちは興味津々と言った様子で一人残された私を見ている。私はしばらくその場から動けなかった。



 ・・



 人の噂は早いもので。
 アンバー様が私に声を荒げた瞬間から、様々な噂が飛び交うようになった。
 直接聞いたものもあるし、アスカム様やライリーから聞いたものもある。

「アンバー様、最近変わってしまわれたわよね」
「アスカム様のことを好きになってしまったそうよ」
「ええっ、じゃあ最近ハリディさんにまとわりついてるのはそのせい?」
「そう。あの子、アスカム様の恋人でしょう?」
「奪おうとしていたみたいなのよ」
「殿下という婚約者がいらっしゃるのに!?」
「生徒会も出禁になったんだとか」
「でもアスカム様を諦められないようよ」
「それで今でもハリディさんに嫌がらせをしているのね」

 おおよその内容はこんな感じだ。
 最近のアンバー様の言動は一つ一つが疑問に思われるもので、すべてがまとまった結果ありもしない噂話が立つようになったのだ。


「困りましたね」

 生徒会室でいつものように業務をしているとゲイティス様が切り出した。

「ガーネット様の様子はどうですか?」
「そこまで変わらない。噂は気にしない振りをしているよ」
 疲れた表情でレオ様は答えた。

「言っておくけど、僕とガーネット嬢は誓ってそんな関係じゃないよ。ついでに言うとお花ちゃんともそんな関係じゃない」
「もちろん分かっているよ」
アスカム様の言葉に、レオ様は静かに頷いた。


「しかし……今のガーネット様は殿下にふさわしくないでしょうね」

 ゲイティス様の冷静な言葉に、誰も何も言わなかった。それは事実だと思ったから。

「彼女には少し休暇を取ってもらった方がいいかもしれませんね」

 アンバー様は、以前と変わらない様子で過ごしている。
 そう、今まで通り。皆のアンバー様を見る目が以前と変わっているというのに、今でもなんとか私と話をしたがるから異様に思える。
 もう私の問題ではないというのに。アンバー様とレオ様の問題なのに。私と話してどうなるんだろうか。

「そうだな、しばらく学園を休ませようか」

 レオ様の言葉に、私はなんとなく窓の外を見た。そして、固まる。
 下からこちらを見上げているのは、アンバー様だ。思わず声を上げそうになる。ここは三階だから中の様子は見えないだろうに、じっと見ているから心臓が嫌な音を立てる。



 残念ね。
 悪役令嬢転生物語のヒロインになるのなら。『悪役令嬢』は『原作のヒロイン』に近寄らないようにするのが鉄則ではないかしら。

 これじゃあ貴女は本当に、ヒロインに嫌がらせをする悪役令嬢じゃない。