毎月、博士は研究所への報告や買い出しのために街へ降りる。
 それは必ず月末の30日と決まっていた。
「じゃぁ、行ってくるよ。すぐ戻るからね、待っていてくれ」
「気を付けてね」
 ロザリーも特に興味もなく、博士を見送る。それがいつものこと。
 しかしこの日は違った。
 彼女は、なぜだか無性に気になり、博士の後を追う。見つからないように、見失わないようについていく。ドキドキした。バレてしまうかもしれない、という不安と、久しぶりの街が見れる興奮とで。

 ロザリー自身もまた、変化を感じていた。自分が自分ではないような、不思議な感覚。これまで好きだったことへの興味が薄れていったり、これまで目が向かなかったことが気になり始めたり。
 とにかく、うずうずした。
 まるで孵化する直前の卵の中の雛鳥のように、羽化を待つ蛹のように、新しい自分の誕生を待っているような気持ちだった。
 欲する衝動を、抑えられなくなっていた。
 博士がいれば満ち足りていたはずのロザリーの人生は、渇きを潤すためにもっともっとと手を伸ばしては掴もうと必死だった。

 街に着いた博士は、立派な建物に入って行く。入り口には研究所の支所のプレートが掲げられていた。しばらくかかるだろうと思ったのに、10分もしないうちに博士が出てきた。
 いつも街に行くときはお昼になるまで帰ってこないのだ。いくら買い物があるといってもそんな数時間もかかるはずがない。
 一体どこで何をしているのだろう、と考えていたロザリーは、森とは反対の方角へと歩を進め始めた博士の後を慌てて追う。
 ロザリーの胸のざわつきは酷くなるばかりだ。
 そして数十分歩いて辿りついたそこは、墓地。博士は、途中花屋で買った一輪の花を、墓標の前に手向けると誰にともなく話し出した。ロザリーは、見つからないように木の影に身を寄せる。
「やぁ、ロザリー、元気にしているかい。今日はスイートピーにしたよ。薄ピンクが可愛いだろう」
 耳を疑った。
 当たり前だ。博士が口にした名は、自分と同じ名だったから。
 ロザリーは、バクバクと逸る胸を押さえる。
「愛してるよ、ロザリー」
 ――それは、いつも自分に注がれる言葉なのに……。
 ズキン、と胸が痛んだ。

 博士がいなくなった後、彼女は恐る恐るその墓標の前まで歩いていく。そこには、自分の名が刻まれていた。
「私は……3年前に、死んでいるの……?」
 墓標に刻まれた日付けは3年前の3月30日。
 毎月、30日に出かけていたのは、月命日だったからだとロザリーは気づく。
「じゃぁ、私は一体なんなの……」
 導き出された答えはただ一つ。
「そんな、まさか……」
 瞬時に否定したロザリーだったが、思い当たる節があった。涙が出なかったり、痛みに疎かったり、記憶が曖昧な所があったり……。これまでなんとなく引っかかっていた一つひとつのピースが、カチカチとハマっていくような感覚に捉われる。
 食事もして排泄があるのは不思議だが、目の前の墓標と、不可能はないと言われた稀代の天才である博士が何よりの状況証拠となってロザリーが人間ではないことを確信付けた。
「私は……身代わりとして造られた機械……。博士の愛が向けられていたのは、()ではなかったのね」
 また胸が痛んで、服の上から手で押さえる。自分は機械なのだから痛みなど感じるはずもないのに、とロザリーは自嘲する。
「ほら、こんな時でも涙がでないのが何よりの証拠よ」
 だがロザリーは思う。
 この、胸を切り裂かれるような痛みは、苦しみは、一体なんなのだろう。プログラムされた単なる思考なのか。はたまた人間ぶった機械の単なる勘違いか……──