2戦……を終えた。

 疲れていないと言えば嘘になる。



 支給の水を受け取り、俺は……控え室に向かう。

 控え室の入り口から少し離れた場所……



 そこに人の気配を感じる。





 「……レイン?……それと……」

 兄、スコールの姿。





 理由はわからない……スコールがレインにその手を上げた。

 寸前でその手を止める。



 「また……貴様か」

 俺の作り出した結界にその手の行き先を遮られた男が怒りの目を向ける。



 「手癖の悪い兄の素行が目に余るもので……」

 そう男に向かい言う。



 「自らの恥を晒す前にこの交流戦を辞退するように言い聞かせていただけだ」

 そうスコールは返す。



 「……なら、その拳は必要ないだろ」

 その言葉に……



 「事情も知らぬどこぞの男が、我が家計に口を出すな」

 そう俺を睨みつける。



 「……なら、よほど納得できるだろう内容の事情とやら、聞かせてくれよ」

 ……そう嫌味を言った矢先、目の前から男が消える。



 「……あぶねっ」

 咄嗟に手にしていたペットボトルの水を上に投げ捨てると、

 両手に巻きつけるように防御結界をはり、スコールの一撃を止める。



 「……口を慎め」

 スコールが拳を俺の防御結界に叩き付けたまま睨みつけ、

 上空に投げたペットボトルは飲み口から水がこぼれるように落下する……



 「っ!?」

 俺はスコールから身体を遠ざけると、

 自分の頭上に結界をはる。



 ペットボトルからこぼれた水が複数の水の針に姿を変え、一斉に俺に振り注ぐ。

 

 この男の能力?



 「ぐっ……」



 「レスっ!!」

 俺の鈍い声の後、レインが心配そうに声をあげる。

 その頭上からの攻撃を防ぐ事に意識を取られ、スコールからの一撃をまともに受ける。



 「……せいぜい、その実力に見合った程度にいきがれ、下手に勘違いしていた分……弱く見える」

 そうスコールが俺を見下すように見ながら言う。



 「……先の2戦、それなりの貴様の活躍があったことは確かだろう、だがそれができたのも、それに担えるパートナーが居たからだ……さて、次の試合でも、そこの出来損ないを手駒にお前は抗えるのか?」

 レインが下を向く。



 「前を向け……お前はお前だろ、レイン……、お前という存在を決めるのは、俺でもお前の兄でもない……レイン、お前は優しすぎるよ、くだらない、誰かの理想と自分を重ね合わせる必要はない、リヴァーやクリアと一緒に居る時のお前は楽しくないか?」

 「そうじゃないのなら……そんなくだらない理想と比較する必要ないだろ……そんな兄の思いに答えて、そんなお前を変える必要なんてないだろ……会って数日の俺が言える台詞でも無いが、いつまでも俺たちの好きなお前で居てくれ……そんな俺たちの願いより、その幻想は必要か?」

 レインは顔をあげて、俺の方を向き……首を横にふる。



 繰り出されたスコールの一撃を防ぐ。



 「二度言わせるなっ……実力に見合った程度でいきがれ」

 そうスコールが睨むように威圧する。



 「二度言わせるなっ……あんたが、兄としてそして力を持って産まれたのは、妹をたたくためじゃねー、妹を護るためのもんだ」

 そう睨み返す。



 「……そんなこと、貴様に決められる筋合いなどない」

 繰り出される攻撃を防ぐ。



 「……決める、決めないじゃねーよ、俺が言っているのは簡単な道徳のお話だろ?生徒を導く生徒会長様がそんなんでどうするんだって話だ」

 俺の繰り出した一撃をスコールが咄嗟に避ける。

 



 「あ……あの……」

 いつの間にか一人の女性が少し離れた場所に立っていた。



 ……沈黙の中、視線が女性に向かう。



 「試合……はじまっちゃいます」

 その後、誰も一言も発せず、スコールはその場を去り、



 俺とレインは会場を目指し歩き始めた。



 「……ありがとう」

 辿り着くまでの道で、ぼそりとレインが呟いた。





 恐らく、遅刻だろう。

 ステージにのぼり、C組の二人組と対峙する。



 「それじゃ、1年C組と1年特別クラスとの対決をはじめまるよっ!」

 ラビがそう叫ぶ。





 今更、改めて相手を見る。

 今回は事前情報がない。



 「いくよ……イチ」

 「あぁ、バインド」



 イチと呼ばれた男……

 魔力で具現化された武装を見る。

 弓……



 バインドと呼ばれた男……

 鞭のような武装……



 弓は恐らく、想像している通りの攻撃方法だろう。

 警戒するべきは鞭の方だろうか……



 「イチイバル=アーチャーとバインド=タイト」

 「弓矢による一撃と拘束を得意とするコンビ」

 レインが俺にそう教える。



 「……詳しいな」

 俺が関心したようにレインに言う。



 「事前にリヴァーに聞いただけよ」

 そう返してくる。



 イチと呼ばれた男が弓を構える。



 レインがペットボトルの水を取り出すと、のん気にそのキャップをはずす。



 そしてそれを徐に空中にペットボトルの中の水をぶちまける。



 先の戦い……スコールの技を思い出す。





 「形どれ……セイバー」

 そうレインが上空に飛んだ水滴に手をかざす。

 その水がレインの手のひらに集うように集まり、剣を形取る。



 飛んできた矢を作り出した剣で叩き落す。



 なるほど……水を自在に形作って武器を製造する能力……

 決して悪くない能力だと思うが……

 レインの兄であるスコールはそれ以上の能力を所持しているということか。



 飛んでくる矢を結界をはりレインの進路を作り出す。

 レインがイチと呼ばれる男との距離を一気に縮めるが……



 「!?」

 地面から複数のツタのようなものが伸びてくる。

 そのツタがレインの両手にからみつく……



 腕の自由を奪われ放した水の剣が、レインの手を離れると剣はただの水へと姿を戻し地面を塗らした。



 拘束され動けなくなったレインに複数の矢が飛んでくるがそれらを結界壁で防ぐ。



 互いに決定打にかけるわけか……



 俺は両手に防壁魔力を巻きつけると、レインに近づき、

 レインの両腕に巻きついているツタを引きちぎる。





 「この拘束魔法に触れた……?」

 バインドという男が少し驚いた様子で見ている。



 通常、素手では触れられない……はずということか。

 

 ポツ…ポツと雨が降り出した。



 少しだけ本降りになる……





 「形どれ……双剣……」

 レインの両手にワンハンドの剣が握れれる。

 天候を利用するか……

 天候が……味方している……



 少し卑怯かもしれないが……とは思う。



 「レイン、少しだけ時間を稼いでくれ……」

 俺がそう告げ……お互いに最低限の防壁だけ身体にまとわせその場で動きを止める。



 飛んでくる矢をレインは一人その双剣で斬り落とし、地から伸びるツタを自分を拘束する前に素早く切り払い、やり過ごしていたが……



 「くっ……」

 次に伸びてきたツタがレインの右手をからめ、素早く左の剣でそれを切り落とそうとするが、素早く伸びてきた次のツタがレインの左手を捕らえた。



 すでに俺の身体もバインドのツタに絡み付いている。





 「さて……ゲームオーバーだな」

 イチという男がそう告げ、弓を構える。



 「……十分か……」

 俺はそう呟き……



 「レイン……後の製造は任せるぞ……」

 その俺の言葉にイチが疑問に思う。



 俺とレインは雨にうたれ続けている……

 が、自分とバインドの上空にだけ雨雲がないかのように……



 イチが上空を見上げた時にはすでに俺は魔力を解いた。



 上空にはった結界の箱型につなぎ合せにし貯蔵した雨水を一気に開放する……



 降り注ぐ水……





 「形どれ……アローレイン」

 レインがそう告げると、上空から降り落ちる大量の水は一つ、また一つと地に降り注ぐ矢に姿を変えていく。



 大量の水の矢が地へと降り注ぎ、イチとバインドを貫いた。







 「勝者、レイン&レス選手!」





 初日のダブルス戦……まさかの特別クラスの3連勝……

 それでめでたく終了……という訳にはいきそうになかった……



 晴れて3年生への交流戦の挑戦権を得る。

 

 そんな特別クラスへの対戦を名乗り出たのは……





 「……逃げるなよ」

 この学園の生徒会長が俺にそう告げる。



 3回戦おこなわれる……シングル戦。

 防御特化の俺が誰かのサポートする訳も無く勝てる訳がないだろうが……

 そう心の中で呟くが……



 例え俺が負けたとしても……最初の2回戦を勝てればいい……

 生徒会を相手に先の2戦を勝てというのも無茶かもしれないが……



 クロハとヴァニを見る……

 この二人なら……もしかすると……



 いずれにしても……試合は明日……



 雨はまだ降り続けている。



 帰り道……俺の少し前を歩くレイン。



 その途中……足を止める。





 「……レス、明日の試合勝てると思うか」

 そうレインが俺へと尋ねる。



 「……無理だろ、能力の強さも経験も違いすぎる」

 俺はそう返す。

 

 「……わたしは最低だ」

 そうレインが言う……



 「……どうした?」

 俺が少し心配したように返す。



 「……レインも俺が負けると……思ってるのか?」

 その事を後ろめたく思っているのだろうか……



 「……勝つ、勝てないという話ではない……」

 そう降り注ぐ雨の中……レインは俺に背を向けたまま……



 「……昔は……優しかったのだ」

 レインが唐突にそう告げる。



 「……昔は、わたしのことを助けてくれた……数日前から今日まで……レス、お前がわたしにしてくれたよう、兄様はわたしを助けてくれた」

 そうレインが言う。



 「……憧れだった……強い兄様が何よりも憧れだった……そんな兄様がいつもわたしの正義の味方みたいに助けにきてくれることが、何よりも私の誇りであった」

 そうレインが言う。



 「……そんな兄様に甘え続けた結果だ……そんな兄様をわたしは家の家宝を勝手に持ち出し、レスお前を召還し、そんな自慢の兄様を落としいれようとしている……」

 そうレインが言う。



 「……その何が悪い……お前がお前で居る……お前らしくいるため俺が手をかしている……それのどこが悪い」

 その俺の言葉に……



 「だからだっ!!」

 力強くレインが否定した。



 「……レス、わたしはお前を勝手に召還し……お前に勝手に頼り……兄様と対立するこの現状を作って置いて……わたしはっ…わたしはなっ!」

 振り向いたレインの顔は……降り注ぐ雨のしずくが頬をつたっているのか……瞳から流れる涙が頬をつたっているのか……わからないくらいにぐしゃぐしゃで……



 「それでも……わたしは兄様に、負けてほしくない……そう願ってしまう」

 悲しそうに……申し訳なさそうに……レインが俺に告げた。



 激しく振る雨……俺は空を見上げ……



 「鬱陶しい雨だなぁ……」

 俺は関係ない感想を挟む……



 「……雨が降らなければ人は生きていけない……でもこうして振り続ける雨は鬱陶しい……少しだけさ、逆に安心したよ」

 俺がそうレインに言う。





 「……これまでの仕打ちに……本気で憎悪だけの感情をむき出しにお前が兄に復讐したい……そういう事なんじゃないってわかって……」

 そう俺が言う。



 「……普通だろ、兄妹(けいまい)なんだ……そんなお前の自慢の正義の味方(あに)に悪役が必要だっていうなら……なってやるさ」

 俺は言う。



 「……それが、俺のわがままでもある」

 皆…皆救ってやる。



 「どんな雨だって豪雨だって……いつかは降り止む……お前はただ、その時笑える顔を忘れずにいろ……大好きな兄様が帰る場所を忘れずにいろ」

 俺はそうレインへ告げる。



 雨が降り続ける。

 そんな俺の言葉がすぐには訪れないと否定するように……



 俺とレインは……ただ、黙って見詰め合った。