異様な光景……

 彼女たちのそんな昔語りを俺は知らない……
 それでも、目の前の光景は……
 俺が異世界《こっち》に来てから、一番最悪だろう事は見て取れる。

 あの瘴気のようなものを彼女たちが取り込み続ければ……

 化物にでも変わっちまうんじゃないかって……

 「なぁ……オトネ」
 リングの外で意外と冷静に一緒に観戦しているオトネに……

 「万が一の事態が起こりそうなら……頼みたいことがある」
 そう……オトネに伝えておく。


 それは、仲間たちを裏切る行為なんだろうけど……

 裏切《まも》るさ……そうさせろ……。


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 「いい加減……目を覚ませよっ」
 そうツキヨが地を蹴り上げ一気にヨウマとの距離を縮める。

 「ばか……迂闊にっ」
 突っ込む勇敢《むぼう》な背中を……

 「昔とほんと……何も変わらないな……」
 そう少し感傷に浸り……

 「いくらでも……偽るさ……いくらでも裏切るさ……」
 そうこれまでの自分の罪を思い返すように……

 クレイも地を蹴りその距離を縮める。

 ヨウマは無言で……ただ、二人を気に食わなそうに睨みつけ……

 ヨウマの妖刀とツキヨの妖刀がぶつかる。
 その妖刀をヨウマは払いのけると、
 空いた左の拳《こぶし》が、ツキヨを捕らえる。

 「ちっ」
 その衝撃にツキヨが後方に飛ばされ……

 「ただのパンチであの威力かよ」
 クレイは苦笑しながら、空いた隙をつくように一撃を決めるため一気に詰め寄る。

 「睡閃……」
 黒い刀が空間を切り裂くように……

 突撃の体制から刀を目の前に構え防御の体制をつくる。
 ツキヨ同様に後方に弾き飛ばされる。

 「全く近寄ることすらかなわない……」
 ……引き取ったはずの妖刀……
 私が……あの日……師の手から離れたそれを持ち去り……
 それに相応しい担い手になろうと思った……
 
 理由……?
 そんなもんは本当にくだらない……聞くに値しない……
 
 私をここまで育ててくれた恩師を……
 その手にかけた大罪を……
 そんな師がただ妖刀《あこがれ》に……

 そんな師が目指した理想になれることで……

 私は彼女達《ふたり》の憧れになれるんじゃないかって……

 本当にくだらない理由だ……

 そんな妖刀の能力者《うつわ》になろうと、私は……
 あの日盗み聞いた学園の闇に足を踏み入れた……

 師を裏切り二人を裏切り……別の師につき、少しでも力をつけようと……
 
 私一人ではその妖刀《ダリア》の瘴気に耐えられないというのなら……
 私の刀《のうりょく》は、他人の血《まりょく》すら欲する……
 それを糧にする……だから私を慕う他人《リルト》すら利用し、
 私一人では取り込み切れない量の瘴気を分散しようとした……

 それがうまくいかなかった……そして目の前の最悪が起きている。


 そんな私の願いも……師の理想も……叶えられない器《わたし》に価値など無い。
 
 学園は私を裏切り……知らぬ内に違う器《ヨウマ》を用意していた……

 許される訳……ないだろ……

 このまま…偽り続けるなんて無理だろ……

 諦めろよ……私《クレイ》……


 自分《わたし》の血《まりょく》を……刀に吸わせる……
 今の私の偽刀……妖刀であるその特性は魔力で能力を上げると同時に、
 瘴気を発生させる……それを取り込み続ける事で……
 自ずと私自身も強化される……まさに不正《いつわり》……

 行き着く先はきっと……障落ち……

 それでも……ずっと二人を偽って来たのだろう?
 だったら……最後までやり遂げろ……

 両膝をリングの地につけるようにしゃがみこむ体制で……
 
 「師を殺した……私が憎いだろ……ヨウマ……」
 そうヘイトを自分に向けさせようと言う。

 「裏切り……別の師につき……姿を消した私が憎いだろ……ツキヨ」
 そう呟き、刀を自分の首下に近づける。

 カンッとその首元にかざそうとした刀が地面に叩きつけられ、
 さらにそれを右足で踏みつける。

 「……なんのつもりだ」
 ツキヨが刀を踏み地に刀を固定しながらクレイを見下ろし……

 すんとため息をつくように、鼻から息を吐き……

 「あんた……何をそんな必死なんだ?」
 そう……見下ろす女に言う。

 「あんたはあんたらしくいろ……昔のまま……誰《わたし》かの憧れた自分《クレイ》を信じろよ……それができないから、裏切りだって言うんだ」
 そう見下ろす女に吐き捨てる。

 「あんたみたいに……才能があればいいさ……ずっと……ずっとあんたに嫉妬していた……あんたを超えるために……必死に努力していた……そのためにこうして力を得て何が悪いっ!」
 そう、見上げた女に言い捨てる。

 つまらなそうに……ツキヨは歩き出しクレイに背を向ける。

 「あんたが私が師を手にかけて背負うはずだった罪《てがら》を横取りしたとか……その後、何も言わずに姿を消して、現れたと思ったら、私のあげた縫いぐるみをご丁寧にズタズタにしてくれたとかさ……恨んでいないと言えばうそになるけどさ……それでもやっぱりそんなに気にしてない事だ」
 そう言い終え、首だけを曲げて後ろのクレイを見下ろす。

 「……知っていたよ……私の憧れる人《あんた》が……苦しんでいるの……知っていたよ……私《だれ》かに嫉妬していることも……そんな憎しみに近い感情を抱きながらも、努力を惜しまず……それでも私たちの先頭に立って必死にその手を引いてくれるような人だぜ?自分《わたし》のためにそこまでする……そんな人《あんた》に憧れない奴っているのか?」
 振り返ったツキヨの瞳は膝をつくクレイを見下ろし、過去の私《クレイ》を映す。

 「……敵わないわけ……か……」
 学園を利用《ふせい》させてまで……
 学園に利用《ふせい》されてまで……
 全部捨ててまで……裏切《まも》った……つもりだったのにな……

 「ちょっとは正しいものが見えたか?だったら立てよ……私の前を歩けっ……そんなあんたが憧《み》えないじゃないか……」
 そう再び刃を構える。

 「……全くあんたは昔から可愛くない……ずっとずっと私の前を歩けるくせに……」
 そうせず……そんな私《いつわり》に甘えてくる……
 そして、そんな私たちのうしろをのろのろとそれでも置いていかれないようについてくる……ヨウマ……

 本当に……私は……

 師よ……私を恨め……

 あなたの首を狩り……そんな罪を……それよりも……

 刀を拾い……立ち上がる。


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 「……レス?」
 そんな様子を見ていた俺を心配そうにオトネが眺めている。

 会場を渦巻く因縁と瘴気……

 覚悟を決めろ……手遅れになる前に……

 例えそれが……仲間《みんな》への裏切りでも……

 その昔話《おもいで》を……
 守ってやることくらいしか今の俺にはできない……

 タイミングを見誤るな……

 今の俺はただ……そのリングの上の戦いを見守ることしかできない。