「ばーんっ!」
 そんなオトネの能力を闘気の宿った右手で無力化する。

 本来はほとんど有り得ることの無い二つ目の能力……

 それも、能力者のほとんどを凌駕するほどのオトネの魔力を……

 その能力《たくされたちから》で無力化する……

 闇にその身を染めて……得た……

 得ることができた……過去《わたし》に向き合える魔力……

 キルエの攻撃を決壊で防ぐ……
 その様子を黙って見守るように……

 そして……

 「戻れ……」
 そうレイフィスが呟くと……

 「!?」
 不意に目の前にレイフィスが現れる。

 そして、闘気の宿った右腕を俺に振りかざす。

 咄嗟に結界でそれを防ぐがその威力に少し身体が吹き飛ばされる。

 俺に攻撃の特性はない……
 俺の防御は彼女に通用しない……

 オトネの能力も彼女の両腕には通じない……

 どうする……

 キルエを狙い……勝利する……
 レイフィスを狙うよりも確実だ……

 だが、レイフィスに背を向けキルエを狙うのはそれは危険だ……
 そして、それは……今回のこの勝負に勝ったと……言えるのだろうか……

 だが……その最凶に勝つなど……貴様《おれ》に出来ることなのか?

 オトネを信じろ……
 だが……てめぇはそんな彼女のために何をする……

 時を戻す能力……そして、オトネの能力さえも無力化する両腕……
 そんな俺たちを凌駕するだけの拳……
 最凶……その名に恥じることなく……

 その闘気はオトネの能力《デバフ》を無力化する……
 魔力《こうげき》を無力化する訳ではない……

 だが、オトネの能力は……レイフィスには届かない……
 俺の能力は……自分とオトネを守るだけだ……

 考えろ……俺の能力……オトネの能力……

 オトネに俺の能力《けっかい》が破られた事を思い出す……
 この結界が、あらゆる攻撃を凌駕できたことを思い出す……

 天に向かい右手を掲げ、手のひらを広げる。

 空に巨大な結界を張る。

 攻撃手段……俺の防御《のうりょく》……
 それを攻撃に展開できるとすれば……

 やっぱオトネ……お前だけだ。

 その様子を不思議そうにレイフィスもキルエも見ている……


 「ぱりーんっ」
 そうオトネは俺の意思を読んだように……

 上空の結界の破片が地へ落ちていく……

 「ばびゅーんっ」
 そのオトネの言葉と共に結界の破片がレイフィス目掛け飛んでいく……

 咄嗟に顔を反らしその破片を避けるがかすり傷を頬に残す。

 「戻れ……」
 すぐさま、そんなかすり傷さえ修復する……が……

 「ばびゅーんっ、ばびゅーんっ!!」
 次、次、砕けた結界の破片をレイフィス目掛け飛ばす。

 闘気《こぶし》で防ぎ、回避し、それでも受けたダメージは回復《ときをもどす》……
 それでも、ひっきりなしに結界の破片はレイフィス目掛け飛んでくる。

 時を戻した身体はすぐに傷だらけになる……

 彼女の力も万能ではない……
 時戻しの基点なる軸は存在する……

 その基点となる場所で負った傷は……時戻しで戻すことはできない……

 繰り返されるその結界の破片を受け続けることによりレイフィスの身体は傷を負っていく……

 「なるほど……」
 彼女は……その俺とオトネの足掻きに感心するように……

 それでも……両腕に闘気を宿し……

 俺を目掛け突進する。

 キルエの攻撃を避けるため、結界をオトネと俺の周囲に巡らせる。
 残った魔力でそのレイフィスの拳を防ぐ結界を目の前に張るが、
 簡単に砕かれ、その拳を受け、何とか踏みとどまる。

 「先生……先生の拳《のうりょく》で……私の過去《のうりょく》で……全て、全て手に入れて見せるから……今を勝ち取るから……」
 そうレイフィスの両腕にさらに闘気を宿す。

 天に右腕を伸ばす……結界をオトネが砕く……
 それをオトネが投擲具のように飛ばし、時戻りしたレイフィスへも確実にダメージを蓄積させる。

 レイフィスが反撃に移る……
 どちらが先に限界を迎える……

 考えろ……まだ……足りない……
 彼女を出し抜くにはまだ……足りていない。

 俺《こ》の能力を攻撃に展開するだけじゃ足りない……
 オトネの能力を……

 ……彼女の能力を信じろ……
 あの時、彼女の追い討ちを邪魔しなければ……
 突破口はそこにあったんじゃないか?

 俺は彼女《オトネ》に耳打ちする。

 試すんだ……最凶に……
 試せ……あらゆる可能性を……

 「わかった……」
 オトネはそう頷く。

 キルエの攻撃を無視する……
 多少のダメージを受けるが、全てを最凶《かのじょ》に向ける。

 あの拳《きょうい》を絶て……
 彼女が託されたそれを……

 それが勝利《かぎ》だ……

 過去《ときもどし》を振り払う。


 再び、全魔力を右手に宿し結界を張り巡らせる。

 レイフィスの拳にそれを叩き込むと、レイフィスの腕から闘気《まりょく》が消滅する……

 オトネが即座にレイフィスの右側に着くと……

 「どーーんっ!!」
 蹴りをレイフィスに叩き込むと、その身体は後方へと吹き飛ぶ。
 結界を張るような真似はしない……

 「びゅーんっ」
 追い討ちに向かうオトネ。

 「戻れっ」
 当然、彼女はそう言葉を放つ……

 これが……駄目なら手の打ちようがない……

 脅威の過去《たくされたて》は一時的に封じている……


 「ぴたっ!」
 レイフィスの側に迫ったオトネがそう彼女に手をかざし呟く。

 「なぁっ!?」
 予期せぬ事態……レイフィスの顔が困惑する。
 オトネのデバフを防ぐことの出来る両腕がない……
 レイフィスの身体はオトネのその擬音に固定される。

 「これで……」
 オトネが拳に力を混める。

 「終わりっ」
 そう拳を突き出す。

 「どーーーーんっ!!」
 行動を封じられたレイフィスの身体はリング外の外壁に叩きつけられ……
 呆気なく、地面へと落ちる……。


 「場外、勝負あり」
 そうラビの声がリングに響き渡る。


 ・
 ・
 ・


 負ける……負けた……

 駄目だ……駄目だよ……

 わたしは……わたしはっ……


 なんのために……今日まで……

 闇に屈してまで……

 力を得た……先生の力を使いこなせるようになった……

 自分の力を……向き合えるようになった……


 こんな場所でこんなところで……

 「戻れっ」
 「戻れっ」
 そう……レイフィスが繰り返す。

 再び城壁に叩きつけられ落下する……

 彼女が戻れる基点……

 それはすでに……

 結果《まけ》が確定している……

 「戻れっ」
 「戻れっ」
 その度に彼女は城壁に衝突を繰り返す……

 「取り戻す……取り戻すんだ……」
 必死な彼女の瞳に……
 それなりの理由を理解はしている……

 そんな方法がないとは知っている……
 それでも……

 「取り戻す……取り戻すんだよっ」
 彼女はそう繰り返し……

 「どうして……」
 ……上手くいかない……

 「どうしてっ!」
 邪魔をするんだっ

 「……先生《あのひと》は今《わたし》を信じていたのにっ」
 どうして上手くいかないっ!!

 干渉するのは好きじゃない……
 知ったように口出しするほど出来た人間じゃない……
 それでも……

 「過去を見るな……今を生きろ」
 俺はそう彼女に告げる。

 「ふざけるなっ……その言葉を間単に口にするなっ」
 そう怒り任せに彼女が言う。

 「あんたのその決意……想いは知らない……誰の願い……誰の想いを……その背に罪を背負っているのか……知らないけどさ」
 そう……彼女に言う。

 「彼《かこ》が託した彼女《いま》を生きろ……」
 そう返す。

 「どうして……どうしてっ」
 レイフィスがその場に泣き崩れるように……

 「なんで、邪魔をする……私は……私は……今更……」
 どんな生き方をすれと言っている……そうレイフィスが訴える。

 自分の能力はそんな現状を馬鹿にするように……
 失ったものは戻らない……

 託されたその力で……自分の存在は証明されない……

 「ふざけるな……過去《わたし》はっ……過去《あのひと》はっ!!」
 どうなる……わたしのこれまで……過去《きょうまで》……

 「無駄……じゃないさ……」
 そう俺は適当に答える……

 「ふざけるなっ」
 そう怒りをレイフィスが俺にぶつける。

 「過去《かれ》があって、今《あんた》が居る……」
 もちろん、彼女の過去を知るわけはない……

 「どうして……どうして……あんたはあの人に……」
 苦笑するようにレイフィスは笑い……
 重ね合わせているのは私の勝手だ……
 見たくれも性格も全く別人だ……

 「どうして……」

 「どうして?助ける理由ってなら……多分、あんたが美人だからかな」
 そう言ってから、その言葉を後悔するように苦笑する。

 「……完敗……だったわけか……」
 そうレイフィスが呟く。

 「レス……勝った」
 Vサインをオトネが俺に向ける。

 「……ありがと」
 そう……助っ人に来てくれなかったらどうなっていたのか……
 本当に彼女には感謝しかない。
 嬉しそうに俺に頭を撫でられるオトネに……

 互いに笑みを返す。


 何とか退けた……
 だが……さすがにここ一番の疲労だ……

 許されるならすぐに帰って眠りに尽きたい……

 だが……まだ1戦目……

 どうする……
 次峰戦……

 彼女たちを救うための方法……


 「……さすが……というべきか、一戦目を突破したか」
 気がつくとツキヨが後ろにいる。

 「どうして?」
 そう俺の言葉に……

 「セティ先輩が私も外に出してくれた……」
 そうツキヨが返す。
 「二人もの人間をあの空間の外に送り出すってのは相当な負担なんだろうがな……」
 そう言って、ツキヨが俺とオトネに変わりリングに立つ。

 「私がなんとか時間を稼ぐ、だから……」
 あの空間を成立させる何者かを捜せとそう告げる。

 イザヨイともう一人、見知らぬ女性がリングに登る。


 1対2……しかもその一人は二人で相手してやっと勝利した相手……

 瞬間……リングの中央に変哲も無い刀が突き刺さる。

 「そっちの助っ人も二人……なら、もう一人手助けするのはありだよな」
 そして、リングに登る女性……

 「クレイ……ブラッド?」
 そうツキヨが現れた女性の名を呼ぶ。

 「安心しろ……侘びをいれるために助けるわけは無い……罪を許して欲しい訳じゃない……」
 そうクレイが続ける。

 「私は私のけじめをつける、それだけだよ」
 突き刺さった刀を抜き取る。

 登る……見知らぬ女性……
 それは、クレイ……だけではなくツキヨにとっても因縁の相手……なのだろうか。

 その冷たい目が二人を笑うように……

 ただ……俺は冷徹なぬいぐるみ好きの少女と……
 そんな彼女と敵対していたはずの女性……

 そんな共闘を見守ることしか出来ない。