「お譲と小娘はここでじっとしていろ」
 そうアストリアは、クリアとレインを屋根の上に放置したまま、
 ライトとスコールのいる場所に降りる。
 リヴァーは気を失っているヴァニを引きずるように共に少し離れた場所に身を置いている。

 「気は進まぬが、2対1とさせてもらうぞ」
 そうアストリアが言い、スコールとアストリアが同時に動く。

 「かまわないさ……」
 目を瞑ったままライトが答える。

 「障害は大きいほうがいい……そのくらい、私に取っては得られるものが大きいのさ」
 ゆっくりと見開くワイン色の瞳が決して二人を逃がさないような圧がある……

 アストリアの両腕に闘気のようなオーラがまとい、
 スコールの右手には水と魔力で作り上げた大剣が握られる。

 そして息を合わせるように同時に正面の敵に右足で地を蹴り一気に距離をつめる。
 一瞬……ライトの目が二人の動きを読み取るように瞳を動かし……


 「!?」

 二人の目線から標的が一瞬で消える。

 アストリアが体を反らし、スコールもその大剣を身体の前で構えガード体制を取る。
 瞬間移動でもしたかのように二人の中央に現れたライトの攻撃をアストリアはなんとか回避し、スコールは何とかその一撃をガードする……

 アストリアもスコールもライトに負けずと高い運動能力と戦闘技術を持ち合わせている……
 特にアストリアは格闘術に突出している、場合によってはライト以上の戦闘技術を持っている……

 「奴のあの勇者(あくま)の目を止めないと……どうにもならんな」
 全てを即座に分析する……そして全て見切り……一瞬でその突破口を見出す。
 まるで時間の流れが違うかのように……
 この世界での1秒は彼女にとっては何十秒という感覚でその瞳からの情報は即座に伝達されている。

 そして、その導き出される答えに、対応するだけの超人的な運動能力を要している。

 少しリヴァーの能力と似ているところもあるが……
 戦闘に置いての感知と見切るという言葉の差は大きい。
 目で見て理解するのと……感知して考えるのでは動くスピードに差が生じる。
 何より……それに加えた、あの戦闘能力が反則的なのだ。

 これに置いてはリヴァーもおとなしく、傍観していてもらう方が楽だ。
 そう、回避した先でアストリアはリヴァーを見る。
 自分の立場をわきまえる様に、ダウン中のヴァニのそばに立っている。

 「危ないっ……右ですっ!」
 リヴァーの叫び声がして、とっさに両足を開脚させ、上体を前方に倒した。
 アストリアの頭上を鋭い剣筋が走る。

 「容赦ないな……だがっ」
 アストリアが身体を起こし、素早い右手、左手のラッシュからの回し蹴りを放つが、
 その動きを微かに動く瞳が全て読み取り、攻撃を回避する。

 アストリアが何やらスコールにめぐばせをするが……

 「集え……」
 スコールが頭上に水と魔力で形成した魔装具を創り出す。

 「無駄だ……」
 瞳が一瞬でそれらの出現位置を把握すると……
 振るう光の剣から放たれる魔力でそれらは無にかえす。

 「こんな場所で奥の手など使いたくなかったがな……」
 そう言うとアストリアが右手を突き出し、左手を右手の腕に添える。
 開いた右のてのひらに魔力を集める。

 「……なんだ……それは?」
 少しだけ驚くようにライトが表情を変える。
 青白く輝く円錐型のランスが形成される。

 「跳べ……」
 その言葉と同時にまるでミサイルのように一直線にライト目掛け発射される。
 瞬時に《《それ》》が危険だと判断される。

 咄嗟にその身を引き回避に徹する。
 身体を反らし、そのミサイルのように放たれた青白い光のランスがライトの身体をよぎる……びりびりと高い魔力の波動が伝わる。

 火力だけなら……自分の全力を軽く超えている……


 「遊びは終わりだ……」
 そう言って今度はライトの剣が雷を帯びてるかのように青白い光の線が剣を飛び交う。
 その剣を振るうと眩い光の線がアストリアとスコールを襲う……が……


 「……何のつもりだ?」
 ライトはアストリアでもスコールでも無い後ろの誰かに告げる。

 「何のつもりも何も……これはどういう状況だよ」
 レスの防御結界にライトの攻撃は防がれる。

 食事を終え……戻らないライト、食事のお礼もと思い庭の掃除の手伝いでもしようと思ったが……


 「私たちの家に戻っていろ、レス……これは私の問題だ」
 そうライトが言う。

 「黙れ、レスは……俺とレインと帰る……お前の居場所はそこじゃないだろ」
 そうスコールが言う。

 再び怒りに満ちた剣撃がスコールに向かうが再びレスの防御結界がそれを防ぐ。

 「なぜだ……なぜ……レス、わたしは……」
 ライトがさびしそうに振り返る。

 「わたしは……わたしは君にその顔を私のために向けてほしい……そんな顔をする君に敵対する私を見て欲しい訳じゃない……」
 悲しそうにライトがレスに言う。

 「……わかった、いいだろう……」
 だが、すぐに何かを自分に言い聞かせるように……

 「君に私を理解してもらうチャンスだ……私が君の力を理解をするチャンスだ……わたしは君を諦めはしない……」
 レスさえも標的に変えたように不意にその綺麗なワイン色の瞳の雰囲気が変わる。

 レスの防御結界が加わり、攻撃に徹しやすくなったアストリアとスコールの二人が再び動く。
 二人の攻撃とレスの防御壁を瞳を細かく動かして動きを読み取る。

 微かな隙をつくように、斬撃がアストリアとスコールを捕らえ、
 近くの壁に叩きつけられる。
 俺は咄嗟にライトの姿を追うが……

 トンっと軽く背中を押される。

 「そんなものか……レス……」
 そう君に手荒な真似はしたくないとでも言いたそうに、俺への攻撃のチャンスを無駄にする。
 先ほどまでの戦いを最初から見ていないレスからすると、
 まだライトの能力をはっきりと把握できていない。

 「守りたいのだろ?わたしではない、彼女らを」
 そうライトが自分の攻撃で膝をつく、アストリアとスコールを見て言う。

 「……なるほど、これが嫉妬という感情か、私も案外醜い生き物だったのだな」
 初めて触れた感情とでも言うようにライトが言う。

 「無駄だと言ってるだろ」
 こちらに気をとられている隙にスコールが再び頭上に魔装具を形成するが、
 即座にそれを破壊する。

 彼女の突出したその能力……
 それを持ってしても、やはりスコールの数多に創り出される魔装具を放たれると彼女でも回避は難しいのだろうか……

 即座にアストリアの鋭い蹴りがライトの頬をかすめる。
 顔を反らし回避し反撃に徹するが、それをレスの結界に防がれる。

 再度、アストリアが攻撃するが、バックステップでそれを回避する。

 俺はスコールのほうに駆け寄る。

 「もう一度、あの攻撃……頼めるか?」
 そうスコールに尋ねる。

 「……しかし、あの攻撃はあいつには……」
 そうスコールが返すが……

 「いや……ライトは多分、あんたの攻撃を一番嫌がっている」
 だから、即座にそれを阻止しようとしている……。


 「わかった……お前のことだ、何か考えがあるんだな」
 そうスコールはレスの言葉を信じ……

 「集えっ……」
 そう呟くと、上空に数多の魔装具が造られていく。

 「無駄だっ」
 そうライトが言い、上空に幅広い剣から放たれる魔力を帯びた衝撃波を飛ばす。

 「囲えっ」
 俺は即座に、スコールが創り出した魔装具を結界で梱包するように囲いその攻撃から魔装具を守る。

 「貫け……」
 そのスコールの言葉と共に結界を解除する。

 
 「っ!?」
 ライトの表情がはじめて曇り、その攻撃を目で追う訳でもなく回避することも諦め、両腕を顔の前でクロスさせその攻撃に備えた。

 「かつては壊すために使った能力の使い方で今度は、守られる……か、全くたいした奴だ」
 そうスコールが言う。

 魔力と蒸気によりできた煙の中からライトの姿が現れると同時に、アストリアの蹴りがライトに直撃する。
 後方に吹き飛ぶが、上空でバランスを取り戻し両足で地面に着地する。

 ライトは静かに上空を見上げ……

 「さすが……レス……さすがだ、確信に変わったよ……わたしには君が必要だ」
 そうライトの瞳が俺を見る。

 「どうしたものか……君のせいで加減ができないぞ」
 全身からビリビリと青白い線の魔力が飛び交う。

 ワイン色の瞳の中央に光が宿り……瞳の動きに合わせ、それを少し遅れて追うように白い線が瞳の動きによって描かれる。

 スコールの前に一瞬にして迫ったライト……
 咄嗟に繰り出されるだろう攻撃に備え俺はスコールの前に防壁を創り出す。

 「……全ての魔力を防御にまわさないと、そんなものでは、今のわたしはとめられないぞ」
 そうライトは言ってその右腕を俺のつくりだす防壁に突っ込むと……
 その腕が防壁の奥に突き抜ける。

 「なっ!?」
 スコールの胸元ちかくまで伸びた右手のてのひらから光の玉が放たれ……
 スコールの身体を捕らえ、後ろの壁まで身体が吹き飛ばされた。

 すぐに、標的をアストリアに変更し、彼女の瞳の光が……彼女の通った足跡のように白い線を残す。
 放たれる剣撃を、彼女もまた並外れた運動神経で回避していくが……
 次第に追い詰められる、再び防御結界を彼女の周囲に張るが、
 ライトの攻撃にそれらは破壊され、アストリアもまた近くの壁を破壊するように吹き飛ばされた。

 両腕に魔力の結界をまとわせる……
 ライトに向かい俺は突進するが……

 「……レス……君のその攻撃方法、それも実に面白い、本来防御である能力……それを利用して、攻撃専門の能力者さえも圧倒してしまう……だが、君にはまだ戦闘経験が浅い、運動能力が低い、わたしならそれを開花させられる……わたしのものとなれ……レス」
 そうライトが寂しそうに笑いその返事を待つ。

 「小僧、伏せろっ……!」
 そのアストリアの言葉を聞いて俺はライトのそばをはなれた。

 右手を前方に構え、左手を右腕にそえ、
 右の手のひらから青白いランスが形成される。

 「跳べっ!!」
 ミサイルのように跳ぶランス……

 無駄だというようにそれをライトが回避しようとするが……

 「……わたしが……まける?」
 そうライトが呟き……

 「……見落としていたようだな……お前が愛する優秀なサポーターは今はこっちの味方だ……」
 そうアストリアが言う。

 回避コースに結界が張られている。

 もちろん、今のライトには破壊できる結界ではあるが……
 破壊と回避を両立することは不可能だ。

 凄まじい魔力の爆風が起こる。

 煙が晴れる様を全員が見守る。

 アストリアは右手をライトのほうにかざしたまま……

 スコールは壁に埋もれながら、薄目を開きその様子を見る。


 ライトは立ち往生したまま、天を仰ぎ……


 「認める……わたしの負けだ」
 そうライトが潔く言う。

 正直このまま続けられたら勝てる気などしないが……

 「……《《今すぐ》》君をわたしのものにするのは諦めよう……」
 そうライトが言う。

 「……だが、私も君を手に入れるため努力を続けよう……勇者《わたし》の使命を貫き通せるだけの力をつけるため……そして、君が好む料理……私は努力を重ねて、レス……その顔……その笑顔を我が物にしてみせる」
 そうライトが言う。


 「だから……また私の料理を食べてくれるか?」
 その言葉に……

 「あぁ……ぜひご馳走になる」
 そう返す。

 「……ありがとう」
 頭を起こしたライトは実に女らしい顔で笑った。