ステージに上がる……

 そこに居る誰もが……期待などしていない。


 数十秒後には、涼しい顔で生徒会の勝利が決まっている。

 そういうシナリオだ。


 誰も……もはやこのステージに注目などしない。

 
 

 「何も考えるな……すぐに終わらせてやる、最初から全力でやってやる」
 酷く冷たい空気……スコールの周囲からそんな気のようなものを感じる。

 「あぁ……助かるよ、俺も……《《全力》》でいくから……」
 特に何の意味もなくそう言葉を返す。

 「3学年生徒会会長、スコール選手VS1学年特別クラス レス選手の試合開始ッ」
 ラビのかけ声がかかる。


 「……集え……語継がれし宝具」
 雨などふっていない……それでもスコールの上空に水が次々と集い……
 剣や槍などたくさんの武器が製造されていく。

 なるほど……あんな魔装具の数……そのひとつひとつの完成度も高い。
 それを飛び道具のように一度に攻撃されれば避けることも防ぐこともできない……彼がこれまで最強と呼ばれてきた由縁というところか。


 「……さて、俺の結界で何発まで防げるかなぁ」
 俺は……そう呟きながら……

 「……せいぜい、抗え……つまらなく、あっさり倒れるなよ」
 そうスコールは言うとひとつ、またひとつの魔装具がレスを目掛け飛んでいく。

 「……ちぃ」
 俺が結界をはり、その一撃、一撃を防ぐが……
 そんなことを許さないというように……次々と新しい魔装具がとんできては、
 俺の結界を破壊していく。


 観客のほとんどが、もはやステージを向いていない。
 魔力のぶつかり合い……水による属性による魔装具の消滅による蒸気の発生などで俺の周囲が真っ白で見えなくなる。

 その蒸気が晴れたころには決着がついているのだ。

 祭りの後のように……がやがやと周りは関係のない話を始め……
 一部を除いたほとんどの者がその試合をもう見ていない。


 「案外つまらなかったな……」
 ナイツ=マッドガイアは試合結果を最後まで見ずにその場を去ろうとする……

 「……アホか……こっからだろうが、面白いものがみれるのは」
 そう、実に嬉しそうにアストリアが言う。

 「……なにを……?」
 そう……ナイツが返すが……


 もはや、目視できない蒸気の中に最後の魔装具を送り込む。

 これを受け耐えたものなどいない。


 スコールは蒸気が晴れるのをただ……待つ。


 「……ッ!?」
 蒸気から素早く人の影が飛び出す……

 駆け抜けてきた勢いでスコールの額を掴み取る。

 「歯……食い縛っとけよッ」
 俺はそう言って、スコールの背後に防壁を創り出すと、
 その掴んだ頭を勢いよくその防壁に叩きつける。

 「ぐぁッ……」
 防壁が割れるように砕け、そのままステージにその身体を押し倒す。

 蒸気が晴れていく。

 その場のほとんどの者が理解が追いついていないようだった。

 祭り後……そんな賑わいムードはいつの間にか沈黙していた。

 身体ごとステージの外を向いていた身体。
 頭だけをこちらに向けて固めている者……

 ほとんどのものが望まず……想像すらしなかった……状況。


 「……つっ集えッ!!」
 大気にある水蒸気だけで……この男は魔装具を作り上げているのだろう。
 スコールの創り出した剣を避けるため、スコールの頭から手を離し距離を取る。

 接近戦も優秀であろう……スコールが一気に間合いをつめてくる。
 創り出した剣で俺に一撃を決めようとするが……
 
 防御結界を両腕に巻きつける。
 そして、その拳をそのまま……その剣ごと巻き込むように一撃を叩き込む。

 スコールの創り出した剣は破壊され……レスのこぶしがスコールの頬を捉えた。

 よろりと2、3歩後ろに下がるが……さすがに踏みとどまる。


 沈黙している……
 まるで、時間が止まっているかのように……
 誰も言い聞かせられたわけじゃないのに、
 言葉も……身動き一つとることを忘れている。

 いったい……何が起きているのか……
 ほとんどの者が理解が追いついていない。

 司会のラビもその仕事を忘れている。

 「集えッ」
 再びスコールが剣を創り出し、攻撃をしかけるが……

 レスが再び防御結界を巻きつけた拳を振り上げる。

 「くっ……」
 脳裏に先ほど光景が蘇る。
 魔力の制度では……自分の魔装具が負ける……
 プライドはそう認めないが……本能がそうスコールに告げる。

 そのレスの攻撃を回避して、出来た隙をつこうと一度身体を右に移動させようとした……

 「……っ!?」
 見えない壁にその身体の動きを遮られる。

 「防御結界?こんなデタラメな使い方がっ!」
 再びレスの拳をまともに受ける。

 「……一度目は奇跡だ……二度目は無い」
 「……集えッ!!」
 再び上空に沢山の魔装具を創り出す。

 「……これで、おわり………」
 その台詞をスコールは言い終える事無く。
 「囲えッ」
 俺がそう呟くと……スコールが目を点にしている。

 スコールが創り上げた魔装具を一つ残らず、俺の創り上げた防壁で梱包していく。

 「なんだ……なぜ、お前ごときが……そんな真似……」
 結界を圧縮し……スコールの造り出した魔装具を消滅させる。

 「馬鹿な……俺が……お前ごときに……」
 水色の魔力がスコールの右腕を覆う。

 「お前ごときに……この俺がッ!!」
 レスとスコールが同時に拳を振り上げ……互いにその拳をぶつけ合う。

 沈黙……
 ほとんどの者に……その試合の内容が頭に入っていない。

 ポツ……ポツと雨が再び降り出した。

 スコールの右腕から魔力が消え……ゆっくりと膝をつくと……そのまま前のめりに倒れた。


 試合は静かに終わりを告げた。
 その振り出した雨も加担して、表彰式等も後日に回され……

 気がつけばそこは3名の人間を残して他は立ち去った後だ。

 試合は何をもたらせたのか……
 誰も知らぬ場所で……一つのクラスの解散が避けられ……
 学園全体で……生徒会、主に会長の零落をもたらした。

 「……哀れか……得意か……転入生……」
 うな垂れるように座りながら、下を向いたままスコールが言う。

 雨にうたれることすら気にしないように……力なく……

 その傍を、俺と……レインがただ黙って立っていた。

 「……兄様……」
 レインが心配そうに……

 「……もう、満足しただろ……もう……明日から誰も俺を学園最強など称えたりなどしない……これ以上の失落を望むのか……さっさと去れよ」
 そうスコールが冷たくこぼす。

 「……兄様……一緒に……」
 帰りましょうとレインが手を差し伸べるが……

 「……いたっ」
 パシンとその手をはじく。

 「何で……そうなんだよ、なんで……やさしくできねぇんだよ、たった一人の妹じゃねーのかよっ」
 俺は少し苛立ちながら言う。

 「……お前に、俺たちの家計の何がわかる……」
 お決まりの台詞……何度目になるだろう。

 「あんたのこと……まだ、こんなに慕っているんだ、なんでわかってやれねーんだよっ」
 自分でも似合わないくらいに感情的にそう叫んだ。

 「……うるせぇーーーーんだよッ!!」
 スコールも似合わず感情的に叫んだ。

 「……かわいい……に、決まってるだろッ!!」
 スコールが叫ぶ……その意外な言葉に思わず俺は言葉を失う。

 「……転入生……てめぇに何がわかる……昔は……おにいちゃんっおにいちゃんって……俺の後ろをいつもついてきた……アクア家で俺は優等生、レインは、落ちこぼれ……そう言われていた、そのせいか、こいつ……小さいころはよくいじめられててさ、俺が走ってかけつけてやるとさ……まるで正義の味方が助けに来たみたいに、さっきまで鼻たらして泣いてたくせに、すっげぇ嬉しそうに笑ってた……俺は……優等生で、レインは落ちこぼれ……」
 何の話をしているのだろうか……

 「……わからねぇだろ……転入生……俺がどうしてこうなったのか……俺がどうしてこいつを突き放すのか……綺麗ごとでしか……正しい道徳でしか世界を見られないてめぇにはわかんねぇーだろッ!」
 そうスコールが叫ぶ。
 自分は優等生……レインが出来損ない……それが (スコール)を陥れる理由……?

 「……いいんだよ、兄として……俺に力があって……兄として、妹を守られるなら……それで……兄一人でそのプレッシャーを負わされることがどうとか……そんな簡単な話じゃねーんだよ」
 スコールが叫ぶ。
 感情的に……その感情を言葉に出す。

 「……かわいいに決まってるだろ……そんな妹の良いお兄ちゃんで居たいに決まってるだろ……」
 そう……スコールが力なく言う。

 「……だったら……なぜ……」
 こんな事を……

 「できねーーーっんだよっ……俺はこいつのために頑張れば頑張るほど……、レインは俺にありがとうって感謝をする……だけど、それは同時に、そんな俺の行いを周囲は俺を有能と評価をし……俺が頑張って守れば守るほど……レインを無能と烙印を押すんだよ……それなのに笑ってるレインを見るのがつらいんだよ……」
 雨が一段と強く降り注ぎ……

 「……馬鹿だろ……こうやって、こいつを突き放して……俺に近づけないようにして……見えないようにしていれば……助けられる……そんな馬鹿な方法しか思いつかなかったんだよ……」
 そう力なくうな垂れながら……

 「……かわいいに決まってるだろ……助けてやりたいに決まってるだろ……」
 そう再び繰り返す。

 「……昔はおにいちゃん呼んで……俺の背中をずっとよちよちついて来て……なのに、今は兄様なんてよそよそしく呼ばせて……」
 スコールは悲しそうに天を仰ぎ……

 赤ん坊がハイハイするようにレインの足元に近寄り……

 「……ずっと……ずっとつらかったよなぁ」
 命乞いをするように……レインの足元にしがみつき……

 「……頼りないおにいちゃんでごめんな」
 靴に自分の額をつけるように謝り……

 「……助けてやれなくて……ごめんな」
 自分が零落し……その足並みを揃えることでしか……
 解りあえなかったのだろうか……

 (あくやく)が……いないとわかりあえなかったのだろうか……

 形だけの正義感で踏み込んで……

 想像よりも……不完全な優しい兄がそこに居て……
 理想と築き上げた、完璧な兄は……意外と脆く……零落する。

 どれが正しかった……
 偉そうに言えるほど……俺にその資格はない。

 今の彼にかけてやる……優しさも言葉も見つからない。


 俺は……せめてこれ以上二人はぬれないよう……
 ふたりの上空に結界で傘をつくり……

 俺は……見せしめのように一人……雨にうたれ続けた。