叫んだ瞬間、先生は目を覚ました。
ただ、驚いた様子ではなくゆっくりとした感じだった。
「ん、新川さん?」
「そうですけど、、、」
「今何時ですか?」
「8時30分です」
そう言うと、起き上がってロッカーから白衣とファイルを取り出した。
机の向こう側のソファに座るよう指示され、やっとスタートしたという感じだろうか。
「ごめんなさいね、寝てしまってて、、」
「いえ、まさか毎日ここで寝ていたりしませんよね?」
「それはないですよ、昨日はまだ仕事が残っていたので」
随分と疲れていたんだろう。
そして、遅めの自己紹介をされた。
「始まりがこんなので申し訳ない、立花優斗と申します。よろしくお願いします」
「新川唯と申します。こちらこそ今日からよろしくお願いします」
笑いはしないが、かといって怖い顔立ちでもないし冷めた目をしているわけでもない。
むしろ綺麗な顔立ちをしている。吸い込まれそうな目だ。
性格はマイペースというような感じだろうか。焦るようなことはしなさそうな冷静さだ。
「では、早速ですが新川さんには必ず守っていただく決まりです。目を通してください」
考えている最中、ファイルから一枚目の紙を取り出し、私に差し出した。
だけどその内容は、一見変わったようなものだった。

一、助手は診察中、私語を挟まずに患者の話を記録すること
二、助手は受付・案内以外、患者と関わらないこと
三、患者の情報、生い立ちなどは助手も把握しておくこと

まるで、精神科というよりはカウンセリングが扱うような決まりだ。
「あの、ここって精神科医ですよね?なんで精神科では扱わないような決まりなんですか?」
「あぁ、説明していませんでしたね。東京では精神科医とカウンセリングの違いがなくなり、合わさるような形になりました。ここ最近のことですので、まだ実験程度ですが、都の目的は話を聞き助言をすることだけで解決するということ。そして今はほとんど精神科医の働きというものがありません」
「それじゃあ、解決しているということですか?」
「結果としてはここでも出ていますし、都内のデータでも解決していっています。ですが僕は、正直このやり方はいいと思えません」
「どうしてですか?」
「身体にも影響が出ている方もいますし、今解決したとしてもまた未来にその悩みが再び出てくることがあります。つまり、都は”一時的な解決”というものしか見えていないのです」
「ということは、その人が解決した後も生きていけるような対応をしなければならないということですか?」
「その通りです。ですから僕は、その先を見据えた対応をするということを覚えといてください」
「そして、僕にはまだまだ経験がありませんし一人の考え方で患者さんに向き合えることは難しいです。なので新川さんには初日から重たい仕事かもしれませんが、新川さん自身も患者さんの悩みに深く考えてください」
その先を見据えた対応、その言葉になんだか重みを感じた。
言葉や考え方、何もかも慎重に扱わなければならない仕事はどうやらこの私には向いてないような気がした。