「十五夜までには、何とか溜まりそうだな」
「どうかしら……。今晩は雲が掛かるかもって今朝ニュースで……」
「でもその日を逃したら、次のチャンスはまた――」

 『月の光は保存が出来る』

 そんな話を聞いたのは、月が十五夜の準備を始める前日だった――。

 ◆

「えー、明日は十五夜です。別名『中秋の名月』といって、秋の真ん中に出る月という意味があります。一年で最も月が美しく見える特別な日です。もちろん、この日以外でも構いませんが、この日に満月を眺めて行う行事を『お月見』といいます」
 達也(たつや)は頬杖を突きながら、窓から教室の外を眺めていた。
 三センチ程開いた窓の隙間から、心地よい冷気を纏った風が髪を撫でていく。
「はぁ。夏休みが終わって、もうすぐ一ヶ月か。こりゃあっという間に卒業だな」
 体育教師の合図に合わせて、生徒は次々と走り出す。
 体育祭の準備も兼ねて行われている徒競走を見ていたからか、まるで時間までもが走っているのではないか――と達也は感じていた。
「なーにセンチメンタルに浸ってるんだ?」
「いて」
 頭に覚えた小さな衝撃が、教科書を丸めたモノによるものだとわかるまで、時間は掛からなかった。
 やはり時間は走っている。
「そんなに徒競走がしたいなら、休み時間にでも走ってろー」
 そう言って担任は達也に背を向け、教卓へと歩いていった。
「相変わらず馬鹿ねぇ。足音、気が付かなかった?」
 担任が行ってすぐ、隣の席の綾音(あやね)が話し掛けてくる。
「綾音……。もう少し早く、教えてくれよ」
「教えたわよ。ほら、机の上」
 綾音は達也の机を指差し、達也は促されるままに机を見た。
 机の上には小さく畳まれた紙切れが、三つ置かれている。
「一つはあんたに当たったのよ」と綾音は笑顔を見せた。
「もっと直接的にだな……、ってか、この距離で外すってやべーだろ」
「達也。先生が言った十五夜の別名、言ってみろ。ほれ、起立」
 担任からの呆れた視線と、教室中の視線を感じながら達也はゆっくり立ち上がり、「すみません、聞いてませんでした」と精一杯の声で答えた。

「はっはっは。達也、お前は相変わらずだな。お前もどっか走って行っちまうんじゃねーか?」
「ほんと。幼稚園から全く変わってないね」
 涼太(りょうた)歩人(あゆと)、そして綾音。
 この三人は達也の幼馴染で、幼稚園からの付き合いだった。
 涼太と歩人はクラスこそ違うが、帰り道は今でも四人で一緒に帰っている。
「来年は中学生になるって言うのに……、先が思いやられるわ」
「お前らな……。たまたまだっての。俺だっていっつも外見てるわけじゃねぇ」
 三人は声を合わせるように「どうだかなー」と笑った。
「それはそうと、明日は十五夜なんだろ? 達也ん家で一緒に見ようぜ」
「良いわね! たっくんのおばあちゃんが作ったお団子食べたーい」
「別に良いけど、まずはばあちゃんに相談しないと」
「じゃあこのまま達也ん家に行って、直談判しようよ」
 秋の風までもが駆け抜ける中、四人は揃って達也の自宅へと向かった。

 古びた木製の扉は軋む音を伴いながら、外と中を繋いでいく。
 中の世界が開けると、い草の香りに包まれた。
 達也の両親は共働きで、この時間は会社に行っている。
 玄関にはサンダルの一つ、置いていなかった。
「ばぁちゃん、ただいまー」
 達也は靴を脱ぎながら大きな声で叫ぶ。
「お邪魔しまーす」という挨拶とともに、三人も達也に続いた。
「おやおや、みんなお揃いで。今日はどうしたんかえ?」
 祖母のチヨ子は部屋の引き戸を開けて顔を出し、嬉しそうに言った。
「実はばぁちゃんにちょっと話があってさ」
「あたしにかい? また珍しいこともあるもんだ」
 チヨ子は「さぁおいで」と笑顔で手をこまねいた。
「チヨばぁ、元気にしてた?」
 涼太は腰を下ろす前に、チヨ子に尋ねる。
 三人揃って達也の自宅に来るのは久しぶりだったが、個々に来ることは珍しくなく、全員チヨ子ともよく話す仲だった。
「元気だったわよ。涼ちゃんに綾音ちゃん、アユちゃんも元気そうで」
「チヨばぁはいつも元気だもんね。もしかしたら、私たちなんかよりも」
「そうかもしれんねぇ」とチヨ子は笑うと、ゆっくりと腰を下ろす。
 チヨ子に続くように、六畳一間の部屋に、全員が座った。
「それで? あたしに話ってなんだい? もう歳だから、無理はさせないでおくれよ」
「そんなんじゃないよ、ばぁちゃん。明日は十五夜でしょ? だからみんなで家で月見でもしようって話になってさ。それで、その時にばぁちゃんの作ったお団子が食べたいなって思って」
 チヨ子は一瞬きょとんとしたような表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻って口を開く。
「そうか、もう今年も十五夜なんだねぇ……。もちろん構わないよ。美味しいのを作るから、みんな楽しみにしていなね」
「「ありがとう」」
 図らずとも、四人は声を揃えて言った。
「そうか、そうか。もうじき十五夜……」
 チヨ子が小さく呟くように言うと、隣に座った歩人は何かが気になったような表情を見せ、チヨ子に尋ねる。
「どうしたの、チヨばぁ。十五夜に何か思い出でもあるの?」
 チヨ子は力を抜くように肩を落とすと、「ちょっと昔を……、思い出してね」と寂し気な顔を見せた。
「昔……嫌な事でもあったの?」
「アユちゃんは優しいねぇ。そうじゃないよ。その逆さ」
「逆?」
 思わず達也が聞き返していた。
「おや、たっちゃんには話してなかったかね……。十五夜の日、じぃちゃんに会ったって」
 チヨ子は首だけを左に向け、仏壇を見つめた。
 仏壇の真ん中には兵隊の格好をした達也の祖父、キヨシが力強い視線を向けて写っている。
 写真の中のキヨシは二十代後半くらいの見た目で、鼻筋の通った所謂「男前」だった。
「じぃちゃんて確か戦争で……」
「そうさね。もう何十年も前のことになるけど……十五夜の日、じぃちゃんが会いに来てくれたんよ」
「じぃちゃんが……会いに? それってどういう――」
 言葉を失った達也たちを前に、チヨ子はまた一つ笑みを浮かべ、当時を振り返るように話し始めた。
「お月さんの力を借りたんよ」
「月の……力?」
 チヨ子は静かに頷いた。
「といっても、借りたのは月の光さ。光を溜めて、溜めて、溜めて……。一人で少しずつ溜めたもんだから、物凄く時間が掛かったよ」
「チヨばぁ、何を……」
 綾音がチヨ子を心配するような目で問いかける。
 ――頭がおかしくなってしまったんじゃ……。
 達也でさえそう思った。
「月の光はね、保存することが出来るんだよ。そして十五夜の日、溜まった光を月に返すことで願いは届く」
「月の光を保存する?」
 達也が言葉を溢すと、束の間の静寂が訪れる。
 達也はチヨ子を除く全員と視線を合わせたが、三人とも同じように啞然とした表情をしていた。
 そして、この冷えた空気を壊すように、達也は声を絞り出す。
「ばぁちゃん、急にそんな怖い話やめてよ。ほら、みんなビックリしてるから」
「そ……そうだよ、チヨばぁ。疑うわけじゃないけど、それって幻か何かだったんじゃない? チヨばぁが会いたいって強く思ってたから、そういう風に見えた――的なさ」
 綾音は無理やり口元を緩ませて話し、少しでもこの空気を和ませようとしているようだった。
「たとえ幻でも、幽霊だったとしても――あたしは構わないよ。あの日、あの時。確かにじぃちゃんに会えたんだからねぇ」
 ――嘘をついてるわけじゃない。
 ここにいる誰もがそう感じる程に、チヨ子の目は優しさに満ちていた。
「チヨばぁ……。その『保存する』っていうのは、一体どうやったの?」
 黙って話を聞いていた涼太が、眉間に皺を寄せながらチヨ子に聞く。
「溜め方かい? ちょっと待っとくれ……」
 チヨ子はそう言って立ち上がると、押し入れの中を探し始めた。
「達也……。チヨばぁ、大丈夫か?」
「確かもう八十歳になったって言ってたよね? もしかして……」
 涼太と歩人が不安がりながら、ひそひそ話をするように達也の耳元で呟く。
「大丈夫……だと思う。今朝だって、朝からしっかりラジオ体操やってたし」
 確証はなかったが、変わった様子もなかったことも事実だった。
 四人は背を向けたチヨ子を見ながら首を傾げる。
 暫くすると、「お、ここにあった」とチヨ子は箱の中から何かを手に取り、こちらを振り返った。
 チヨ子の手には蓋のついた透明なビンが一本、握られていた。
「ビン……だよね?」
 達也は出来る限りの、いつも通りを心掛けて言った。
「そうさ。このビンは、じぃちゃんがくれたビンなんよ。元々はこのビンの他に、大きなビンも一本あったんだけどね……」
 チヨ子は手にしたビンを机に置くと、それぞれの前に配った。
「その一本って、チヨばぁが――」
 一文字ずつ伺うようにゆっくりした口調で綾音が問いかけると、チヨ子は「そうだ」と眉毛を軽く上げて答えを示した。
「そのビンは、あたしが使った時に割れちまった。ここにある小さなビンも、たぶん一度使ったら割れちまうんだろう」
「じゃ、じゃあ残りの一回も、チヨばぁが使えば良いじゃん」
 涼太はそう言ったが、チヨ子は首を横に振った。
「いんや、あたしはもう充分さ。人間、欲に喰われたらそれまでよ。生きとるうちはあらゆる欲が渦巻きよる。もちろん、悪い欲だってね。それがわかっていながら、人間は欲とともに生きないかんのさ。これを使うことが悪い欲だとは言わん。でも、これ以上使っちまったら、きっと後戻りできん。根拠はないが、もうこっち(・・・)には戻ってこれんのじゃろうなぁ……。あたしもじぃちゃんのところに行きたいからね。あの一回を胸にしまうくらいが丁度いいんよ」
 何かを受け入れたかのようなチヨ子の言葉は、達也の心にスッと落ちていく。
 そして、それは「残りの一本は、『その日』が来たら好きなように使ってくれたらええ」と言ったチヨ子の笑顔とともに、身体を内側から温めていった。
「ばぁちゃん。それで、このビンの使い方は――」
 四人は真剣な眼差しで、チヨ子の言葉に耳を傾けた。
「光を屈折させれば良いのさ」
「光を屈折?」
「理屈はな。虫眼鏡を使って紙を燃やす実験、学校でやったことはないかい?」
「昔、理科の実験でやったよな」
 達也が視線を送ると、三人は首を縦に振る。
「あれと同じさ。月の光を一点に集めてビンへと送る。でも月は太陽の光を反射しているに過ぎないからの。当然、光は弱い。ゆっくり、少しずつしか溜まっていかん」
「このビンを月の光で満たすには、どれくらいの時間が掛かるの?」
 綾音はチヨ子の顔を覗き込むように聞く。
 チヨ子は机に置かれたビンを見ながら考え、「経験からの推測じゃが……」と神妙な面持ちで答えた。
「数年は掛かるだろうねぇ」
「さすがに明日の十五夜には間に合わないか」
 達也がそう呟くと、チヨ子は目を丸くした。
「たっちゃん。ビンは一つしかない。それに、急いで使うものでもなかろう?」
「そ、そりゃそうか。慎重に考えないと」
「それがええ」とチヨ子は微笑んだ。

「チヨばぁの話、本当なのかなぁ」
 歩人は視線が定まらないままに、弱々しい言葉を吐き出す。
「どうだろう……。でも試してみないと、本当かどうかもわかんないよな」
 達也はチヨ子から譲り受けたビンを持ち上げ、自室の電球に透かして見る。
 様々な角度からも確認したが、何処から見ても普通のビンそのものだった。
 チヨ子曰く、「ビン自体に仕掛けがあるのかもしれないが、ビンについてはじぃちゃんは何も言わなかった。だからあたしは知らないし、それだけが答えでええんよ」だそうだ。
「そもそも月の光ってあんなやり方で集められんのかよ……」
 涼太が吐き捨てるように呟くと、綾音が言葉を重ねるように答えた。
「取り敢えず試してみるってのはどう? 疑うのはそれからでも遅くはないし」
「そうだな。どうせすぐには溜まらないみたいだし。早速今夜、試してみるか。このまま達也ん家でやるか?」
 先程までの表情とは打って変わって、涼太は新しい遊びを見つけたかのような顔をしている。
 達也はしばらく考えた後、口を開いた。
「いや、出来るって保証もないし、明日も学校だからな。今日のところは一旦俺がやってみるよ」
「上手くいくと良いね。あ、結果がどっちにしろ、報告は明日にしようね? じゃないとたぶん、寝ないで朝を迎えることになりそうだから」
 歩人の発言に涼太が「確かに、明日も会うわけだしな」と言って笑みを見せると、つられるように達也と綾音も笑顔になっていた。
 窓から見える秋の夕暮れは、少しずつ光を落としていった――。

「よし。試してみるか」
 三人が達也の家を後にした後、達也は地に足が付かないまま、偽りの日常を過ごした。
 夕食の際の会話も、学校の宿題も、何一つ身が入らず、頭の中には常にチヨ子の話がチラついていた。
 チヨ子と顔を合わせても、チヨ子は月の光について話すことはなかった。
 達也は自室で一人、大きな呼吸を繰り返す。
 この日の空は雲一つない満天の星空で、綺麗な月の光が、明かりを消した部屋の中へと差し込んでいる。
 自分を鼓舞するように小さく「よし」と呟くと、達也はビンと虫眼鏡を持って立ち上がり、窓辺へと向かった。
「太陽の光を集める要領で……」
 ブツブツと独り言を言いながら、虫眼鏡の角度を調整する。
 チヨ子の言っていた通り、月の光はとても弱く、中々思い通りにはいかなかった。
 手首をゆっくり動かしては、また別の場所で同じ作業を繰り返す。
 時折手首を振り、ストレッチを行いながら痛みを和らげていたが、気が付けば時計の針は開始から一時間が経過しており、達也の両手首、そして集中力は限界に達していた。
 ――そもそも出来るかどうかも怪しかったわけだしな……
 達也がそう思っていたその時、偶然にも月の光は虫眼鏡を通って一点に集められた。
「あ、来た!」
 達也は慌ててビンを光の指す方へと向けた。
 暫くそのままの状態を保ったが、達也の角度からでは変化が見られない。
 そうこうしているうちに、達也の腕、集中力は限界を迎え、再び月の光は部屋の中へと散らばっていった。
「これきっついぞ……。ばぁちゃん、よく一人でこんなことやってたな」
 そう言って達也はビンを月の光にかざした。
「おいおいおい……、まじかよ、これ」
 ビンの底には、薄っすらと黄色味を帯びた気体がタバコの煙のように、ゆらゆらと浮遊している。
「あの話――本当だったんだ」
 達也は思い出したように慌ててビンに蓋をすると、興奮冷めやらぬままに、何度も月の光を眺めた。
 ビンを持つ手が汗で滲んでいる。
 この日わかったことは、チヨ子の話が本当だったこと、そして、月の光は月の光以外にかざしても、実態を確認出来ないということだった。
 今すぐこの事実を伝えたかったが、逸る気持ちを抑え、達也は約束通り、連絡をすることを控えた。
 ――みんなには明日の朝に伝えよう。
 達也はそう思いながら、無理矢理に目を瞑り、眠りについた。

 翌日、達也はいつも通りの時間に目を覚ます。
 昨夜は興奮から中々眠りにつけず、寝付いたと思った時には朝を迎えていた。
 平常心を心掛けながら身支度を整えたが、逸る気持ちはいつもより早い時間に玄関に達也を玄関へと向かわせる。
 そして靴に足を通す前、ようやく満を持してスマートフォンを開いた。
『昨日、凄いことが起こった。今日は早めに学校集合な!』
 そう三人にメッセージを送り、チヨ子から貰ったビンを鞄にしまうと、達也は勢いよく学校へと走り出した。


「えー、明日は十五夜となります。十五夜は別名――」
 どこかで聞いたことのある話が再生される。
 今度こそは恥をかかないように、「中秋の名月」と心の中で繰り返す。
「月の光、かなり溜まったな」
 ビンを片手に、涼太は小さな声で呟いた。
「おい、涼太。先生に見つかるからビンはしまって」
 歩人の言葉に合わせるように、綾音も鞄に入れるよう手でジェスチャーを送っている。
「見た目は普通のビンだから平気だろ」と言いながらも、涼太はビンを鞄の奥へとしまった。
 そして、担任が見ていないことを確認すると、再び口を開く。
「十五夜までには、何とか溜まりそうだな」
「どうかしら……。今晩は雲が掛かるかもって今朝ニュースで……」
「でも明日を逃したら、次のチャンスはまた――」
「大丈夫だって。俺が意地でも、今日中に溜めてやるから」
 余りにも小声だったのではっきりとは聞き取れなかったが、月の光は順調に集まっていた。
 ――これなら次の十五夜で……。
 四人がそう思えるところまで。

 達也が月の光を初めて集めた日の翌日、月の光は持ち回りで集めることに決めた。
 その後は一人一人が少しずつ、かつ着実に光を集めていったのだった。
 十五夜の前日――今日は涼太の番だ。
「もしきつくなったら、いつでも連絡して。明日は休みだし、今日はずっと起きて待ってるから」
「涼太……、私も起きてる」
「大丈夫だって。四人の想い、俺がちゃんと形にするから」
 涼太が涼しい顔で「お前らはちゃんと寝ろよ」と言ったところでチャイムが鳴り、そのまま涼太は一足先に帰宅した。
 いよいよ明日、四人は満月が予想される十五夜を迎える――。

 当日の夜、四人は達也の家に集まっていた。
 空には綺麗な満月が、その存在を一層に主張している。
「涼太。月の光は――」
 綾音の声は不安で震えている。
 涼太は綾音と視線を合わせると、鞄の中に入れていたビンを取り出した。
「大丈夫って言ったろ。ほら」
 涼太がビンを持ち上げると、ビンは月の光に照らされる。
 しっかりと蓋のされたビンの中は、隙間なく黄色に染まっていた。
「やったんだね、涼太!」
「あとは月に向かってこの蓋を開けて、月に光を返すだけ……ね」
 示し合わせたように、全員が同時に頷く。
「この蓋は……、みんなで一緒に開けねーか?」
 涼太の言葉に促されると、互いの視線を気にしながら、全員がビンの蓋へと手を伸ばす。
「行くぞ」
 蓋を捻ると、今まで狭い中を漂っていた煙に似た気体が、ビンの口を覆うようにゆっくりと溢れ出した。
 その気体は次第に、一つの形を成していく――。

 そして、三人の前に、達也は姿を現した。

「あぁ、やっぱり俺――死んだんだな?」
 達也は開口一番に問いかける。
 しかし、三人からの返事はなかった。
 ただ、その表情が答えを物語っているようだった。
 驚いた顔をしながらも口を閉ざしたままの三人を見て、達也は言葉を重ねた。
「どうもあの日から記憶が可笑しいんだ……、涼太、あの日なんだよな?」
 涼太は涙を浮かべて口を開く。
「あぁ……、そうだ。お前が『凄いことが起こった』って連絡をくれた日。お前は、車に轢かれたんだ」
「そうか……。あの日はちょっと、浮かれていたからなぁ」
 達也は当時を思い返すように言った。
「その遺留品の中から、チヨばぁに貰ったビンが入ってたの。それで、そのビンをチヨばぁが私たちにって」
「最初は信じられなかった。でも、学校に行くと、いつも達也が僕らの近くにいる気がして――それで、月の光を集めて確かめよう(・・・・・)ってなったんだ」
 三人は震えながらも、はっきりとした口調をしていた。
 ――覚悟を決めて、月の光を集めたんだな。
 達也はそう思っていた。

「ごめんな。あれからもう、四年も(・・・)経っちまった」
 涼太の言葉に、達也は優しく首を振る。
「たぶん、最後にみんなに伝えたかったんだと思う。月の光はきっと――」
 達也はそう言って、心からの笑みを、感謝とともに三人へと送った。
「これでやっといけるよ。みんな、元気でな――」
「達也……、またな!」
「たっくん……、バイバイ!」
「いつか――……また会おうね!」
 涙は(こぼ)さないと決めていた。
 三人の涙が(あふ)れないうちに、月の光は静かに姿を変え、空へと帰っていったのだった――。

 達也がこの世を去った後、チヨ子は葬儀場で、涙を殺して三人に言った。
「月の光は想いを届けてくれる……。成仏できず、彷徨う魂の想いをね。そして、その光を返す時、一緒に運んでくれるんさ。彼らが辿り着くべき、正しいところへと――」

 十五夜の空に輝くその月は一層の光を纏い、想いとともに、走り去る――。