あった。
 傾斜だけではない。カーブした道を通り抜けた後には、急な階段も待ち構えていた。だが僕はほんの僅かにでも怯んだりはしなかった。ここには何度も訪れているから、今更しんどいとは思わないのだ。
 階段や坂を登り続けていると、必然的に汗をかいてくる。ブレザーを脱いだとはいえ、背負ったリュックサックは上着を詰め込んだ分大きくなる。より背中と密着して隙間を無くせば、分泌される汗の量は必然的に多くなる。想像よりもずっと大きい汗の不快感が背中を包み込んでいく。もし誰かとすれ違えば、僕が顔をしかめているのを目撃されるだろう。顔をしかめている場面を見られるのは嫌だが、あまり心配もいらないだろう。何せ公園内には今のところ、人がいない。いつも訪れた際には犬の散歩をしている老人がいるが、今日は彼の姿でさえない。多分、本当に誰もいない日というのがあるのかもしれない。
 考えてみれば、卒業式がある日なのだ。あの老人も、自分の孫の卒業式に出席しているのかもしれない。くの字に腰を曲げ、一歩踏み出すのも辛そうにしていた彼だが、大切に思う誰かがいたとしても不思議はない。もし実際に、孫の卒業式に行っているとするなら、あの老人はどんな表情を顔に浮かべるだろうか。無事に卒業してくれたという喜びが元になって、笑顔が現れるのか。それとも感動のあまり拭っても、拭っても止まらない涙を流すのか。
 服装はどうしていくのだろう。いつも着ているような古びた作業着ではないはずだが、かといって手入れの行き届いたスーツを着ている姿も想像できない。くたびれた老人が卒業式へ着ていく服とは、一体どんなものなのだろうか。
 今日に限って姿を見せない老人の行方をあれこれ思考していると、植物の葉が右の肩を撫でていった。細長い葉をしていて、そこらじゅうに生えている。思考に気を取られていたが、ここは植物に囲まれた公園なのだ。あまり除草作業も行われないので、この辺りの植物は邪魔されずに自らの生息域を拡大している。あと二週間もあれば遊歩道を埋め尽くせそうなほど、緑で溢れかえっているのだ。
 初めてここへ来た時、僕はジャングルにでも入り込んだのかと一瞬疑いを持った。幾度となく通う事で忘れかけていたが、そういう場所だ。
 僕は足元を見た。案の定、制服のズボンには大量に植物の花粉のようなものが付着していた。いつもは気にかけている事を、この日に限って完全に忘却していた。慌ててズボンを叩いて付いたものを取り除こうと試みるのだが、花粉のようなものはある程度しか落とせなかった。叩いてしまったがために、よりズボンに定着するものが大半だった。まるで潰された蚊が、体液と共に肌の上から動かなくなるみたいに。
 いくら叩こうが無駄だ、と判断するのに時間は掛からなかった。僕はズボンと、ズボンをきっかけにして見つけた右肩の花粉を残したまま再び歩き出した。