毎年三月になると、全国各地の学校で卒業式が行われる。
皆、楽しかった学生生活を振り返ったり、卒業先の進路について思いを馳せたりする。保護者や後輩たちがこぞって卒業生たちにプレゼントを渡したり、別れの言葉を口にしたりもする。
そうしてできた人間の大群の中を、僕は急ぎ足で通り抜けていった。こんな行事を笑顔と涙で堪能している連中から、一刻も早く距離をとりたいからだ。
体育館の前から中庭に出て、生徒の教室がある棟まで移動する。教室の裏に、僕は自分の自転車を隠していた。それに乗ってここを出るのだ。
僕が今日まで通っていたこの学校は、本来なら自転車での登下校が禁止されている。以前は可能だったらしいが、ある日一人の生徒が事故を起こしてしまったのをきっかけに禁止された。
卒業式当日は、教室の方にやってくる者はいない。だから僕は、ここに自転車を隠した。
僕の愛車とも呼ぶべき自転車は、黒いボディと機械式のディスクブレーキが特徴的なマウンテンバイクだった。
高校に入学して初めての夏休みからアルバイトを始め、約半年かけて貯めたお金で購入した。親からの金銭的な支援は一円たりとも受けていない。自分のためだけに使う事を許された、特別な一台なのだ。
ハンドルを握り、わずかに傾いていた車体を手で押して水平にする。後輪のすぐ側に取り付けられているスタンドを足で起こす。サドルにお尻を乗せ、ペダルに右足を乗せた。右足に力を込め、最初の一歩を踏み出した。
ゆっくりと動き出した車体は、どんどん速度を上昇させていった。とはいってもマウンテンバイクなので、それほど速いわけではない。
中庭を横切り、来た道を引き返すようにして自転車を走らせた。途中、体育館の前に出る道を外れ、職員用の駐車場を通って学校の敷地の外へと出た。職員駐車場のすぐ横には職員室があり、中にいた中年の男性教師と目が合ったが無視した。どうせここを出て仕舞えば、二度と顔を合わせる事はないのだから。
教師に捕まらず、誰にも呼び止められず、僕は学校を出る事に成功した。すごく清々しい気分だ。僕の気持ちに呼応するように、空はこれ以上ないほどの快晴を見せていた。
自転車に乗って向かうのは、自分の家ではない。僕が現在、向かうべき場所は親の待っている家ではない。もっと別にある。現状だと、向うべき所へ自転車を走らせるのが、何よりも優先される。
目的地へ向かっている中で、片側二車線の大きな道路に出た。向こう側へ渡りたいので、大人しく歩行者信号が青色になるまで待機するしかない。待っている間、僕は背負っているリュックサックを一度地面に置いてから、学校指定のブレザーを脱いだ。ブレザーの胸
皆、楽しかった学生生活を振り返ったり、卒業先の進路について思いを馳せたりする。保護者や後輩たちがこぞって卒業生たちにプレゼントを渡したり、別れの言葉を口にしたりもする。
そうしてできた人間の大群の中を、僕は急ぎ足で通り抜けていった。こんな行事を笑顔と涙で堪能している連中から、一刻も早く距離をとりたいからだ。
体育館の前から中庭に出て、生徒の教室がある棟まで移動する。教室の裏に、僕は自分の自転車を隠していた。それに乗ってここを出るのだ。
僕が今日まで通っていたこの学校は、本来なら自転車での登下校が禁止されている。以前は可能だったらしいが、ある日一人の生徒が事故を起こしてしまったのをきっかけに禁止された。
卒業式当日は、教室の方にやってくる者はいない。だから僕は、ここに自転車を隠した。
僕の愛車とも呼ぶべき自転車は、黒いボディと機械式のディスクブレーキが特徴的なマウンテンバイクだった。
高校に入学して初めての夏休みからアルバイトを始め、約半年かけて貯めたお金で購入した。親からの金銭的な支援は一円たりとも受けていない。自分のためだけに使う事を許された、特別な一台なのだ。
ハンドルを握り、わずかに傾いていた車体を手で押して水平にする。後輪のすぐ側に取り付けられているスタンドを足で起こす。サドルにお尻を乗せ、ペダルに右足を乗せた。右足に力を込め、最初の一歩を踏み出した。
ゆっくりと動き出した車体は、どんどん速度を上昇させていった。とはいってもマウンテンバイクなので、それほど速いわけではない。
中庭を横切り、来た道を引き返すようにして自転車を走らせた。途中、体育館の前に出る道を外れ、職員用の駐車場を通って学校の敷地の外へと出た。職員駐車場のすぐ横には職員室があり、中にいた中年の男性教師と目が合ったが無視した。どうせここを出て仕舞えば、二度と顔を合わせる事はないのだから。
教師に捕まらず、誰にも呼び止められず、僕は学校を出る事に成功した。すごく清々しい気分だ。僕の気持ちに呼応するように、空はこれ以上ないほどの快晴を見せていた。
自転車に乗って向かうのは、自分の家ではない。僕が現在、向かうべき場所は親の待っている家ではない。もっと別にある。現状だと、向うべき所へ自転車を走らせるのが、何よりも優先される。
目的地へ向かっている中で、片側二車線の大きな道路に出た。向こう側へ渡りたいので、大人しく歩行者信号が青色になるまで待機するしかない。待っている間、僕は背負っているリュックサックを一度地面に置いてから、学校指定のブレザーを脱いだ。ブレザーの胸