第八章 最後の戦い
それから数日後、宇宙に上がった艦隊はディ・イエデ周回軌道上を航行していた。
「現在高度35,800km。艦隊、HEOに入りました。」
諏訪艦橋内に航海長の報告が響き渡る。防衛艦隊は次なる作戦のため、その準備をしていた。その作戦とは、「operation-TOGO」。数日前、小西が日本海海戦を参考に練った作戦である。その第一段階として防衛艦隊は行動を始めていた。作戦指定高度35,800kmに達したことを確認した小西は、
「指定した6隻に告ぐ。左舷格納庫扉開き、『こくちょう』を発進させよ。」
と指示した。瞬間、指定された6隻…羽黒、ティーティス、ディ・イエデ、ニオべ、綾波、夕凪は一斉に格納庫を開き、それぞれが搭載した「こくちょう」を漆黒の宇宙へ放った。それぞれの機体は、指定されたポイントに向けて飛び去って行く。それを確認すると小西は帰港を指示した。HEOから離脱した艦隊は、急いで宙域を離脱した。まるで何も痕跡を残したくないかのように。


それから数日間、艦隊は母港にいながらも第一種戦闘配備を敷き続けていた。艦内の空気はピリついており、艦隊全体がただならない緊張感に包まれていた。
旗艦諏訪のCIC内部でも、小西がこくちょう6機から送られ続ける映像を睨みつけていた。今次作戦の重要性はこれまでの戦いのどれよりも高いと判断した小西は全艦にCICで指揮を執るよう、また、第一種戦闘配備を解除しないよう指示した。先の戦い以降、敵からの侵攻はなく誰の目から見てもそろそろ敵の侵攻があってもおかしくはないことは明白であった。
「そろそろ来る頃合いだとおもうんだけど…」
そうアリアが呟いたその時、隣にいた阿部が大きな声で叫んだ。
「見ろ!あそこだ!何かいるぞ!」
彼が指さしたのは綾波が搭載した「こくちょう」の映像だった。見ると、映像の左下の方で何かが飛び出てきているようにも見える。それを見た小西はマイクを手に取ると
「綾波CIC、映像左下を拡大せよ。」
と言った。するとマイクの向こう側でドタバタと音がした後、
「綾波搭載のこくちょう映像、左下拡大します。」
と言う声が聞こえ、映像の左下が拡大され始めた。やがて、完全に拡大された時、小西は理解した。…奴らが攻めてきたと言うことを。小西はマイクのスイッチを押して全艦放送に切り替えると
「全艦に告ぐ。先程、綾波搭載の『こくちょう』が敵艦隊を捕捉した。我々は現在ワープアウト中の艦艇を敵主力と判断し、これを叩く。」
そう叫んだと同時に諏訪艦内に警報音が鳴り響く。
「機関、最大出力!主力戦隊はポイントαに、宙雷戦隊はポイントβに向け前進せよ。」
小西が防衛艦隊に指示を出すと、艦隊がそれぞれの戦隊ごとに分かれ一斉に艦が動き始めた。主力戦隊は旗艦諏訪を先頭に単縦陣を組み、ポイントαへ、宙雷戦隊は単縦陣を組みながらポイントβへ向かっていった。
やがて、諏訪の艦橋窓から敵艦隊が見えるようになった。敵艦隊全てのワープアウトが完了したと見え、艦隊の全容が判明すると電探士が報告する。
「艦種識別!超弩級宇宙戦艦10、戦艦25、巡洋艦34、駆逐艦250!」
前回の進行に比べて巡洋艦、駆逐艦の数が少ないように見受けられるが、その分中核打撃戦力の数が大幅に増えている。防衛艦隊を攻め滅ぼしにきたんだな、そう小西は思った。敵艦隊はいつも通り単縦陣を組み、防衛艦隊に向けて前進してきている。よし、そのまま来てくれ。小西はそう祈った。


新たに増援として派遣された第9艦隊と、残存した第7艦隊で構成された「ディ・イエデ攻略専門艦隊」。その艦隊の旗艦「オーガスタ」では若き指揮官、エルンスト中将が艦隊に指示を出していた。
「奴ら、駆逐艦などの補助艦艇を引き連れていない!つまり、奴らは囮の可能性がある!だが、ひとまず我々は正面の敵戦隊を撃滅する!艦隊は単縦陣を維持しつつ、第255駆逐戦隊〜第345駆逐戦隊は艦隊外縁部へ移動。敵宙雷戦隊の襲来に備えよ。全艦、砲雷撃戦、用意!」
そう言うとエルンスト中将は指揮台の上に立ち、指揮棒を振り翳しながらそれぞれの戦隊へ指示を飛ばし始めた。その様子は、まるで指揮者がオーケストラに指揮している様子さながらであった。

「敵艦隊、攻撃を開始しました!」
電探士からの報告がCIC内に木霊した。この瞬間、後に異世界沖海戦と呼ばれる戦いが始まった。
敵艦隊に中核打撃戦力が多い為、激しい砲火が襲いかかってくることは予想していたが、まさかここまでとは。そう思った。艦橋乗組員も砲火に怖気付いたのか
「司令!ただちに回頭を!」
と口々に懇願していたが
「進路そのまま。前進し続け、攻撃も控えよ。」
と淡々と告げた。砲火は確かに激しいが、この距離では命中率はそれほど高くはない。大丈夫だ。そう小西は考え、さらに前進を指示した。やがて
「敵艦隊との距離、110000!敵艦隊、本戦隊の有効射程距離に入りました!」
との報告が飛んだ瞬間
「面舵40°、全艦一斉回頭始め。主砲左90°、砲雷撃戦用意。」
「面舵40°ヨーソロー!」
「主砲左90°、全砲塔照準合わせ!」
小西の指示を航海長とアリアが復唱し、瞬間、艦が大きく右に動き始める。敵前での回頭は自殺行為であると防衛学校で教わる。それは向こうも100も承知な筈。必ず、回頭中に砲火を集中させてくる。だが、敢えてここで回頭し、敵の頭を抑えられれば。敵艦隊を一方的に攻撃できる、丁字戦法を展開できる。ここを耐えねば。そう小西は思った。回頭中、数発の砲弾が諏訪の艦体に着弾し、艦が大きく揺れる。だが、それにも臆せず回頭を続け、そして。
「主力戦隊全艦、回頭終了!」
という電探士の報告と共に
「全砲門開け。撃て。」
と言った。瞬間、待ってましたと言わんばかりの勢いで砲身からビーム砲が発射される。一斉射目で最前列に展開していた敵駆逐艦5隻を抉り飛ばし、爆沈に追い込む。
「全艦、両舷前進微速。各艦の判断で防壁を展開せよ。」
小西は各艦へ指示を飛ばしつつ、戦局を見極める。主力戦隊は主砲だけでなく、左舷の宇宙魚雷やVLSを巧みに用い、一隻、また一隻と撃沈に追い込む。だが、それを敵艦隊が黙って見ているわけがない。激しい砲火が主力戦隊を襲う。どうやら、敵艦隊は斜線陣の最前列にいる諏訪ではなく、より撃破しやすい巡洋艦に狙いをつけたようであった。敵の狙いは、諏訪のすぐ後ろにいた重巡洋艦ティーティス。ティーティスは、これでもかと言うほど激しい砲火に晒されていた。ティーティスは巧みな回避行動で砲弾を回避するも、流石に限界が来ていた。やがて、数十本の光の束が、ティーティスの眼前に迫る。ティーティス艦長、モンナグ親衛隊隊長兼一等宙佐は、敵の砲弾が命中するかというその瞬間。
「魔導艦体防壁を展開せよ。」
と防壁展開を指示。間一髪で敵の砲弾が無効化された。だが、これでティーティスの防壁は後30分ほどしかもたない。それまでに海戦の雌雄を決することが望まれたが、この規模の敵艦隊を相手取るには主力戦隊5隻では不可能に近いことを、誰しもわかっていた。