エイロックさんたちに連れられ訪れたのは、巨大なビルだった。
「ミスター・ハグオ。突然どうされました?」
 大きく手を振りながら登場した、大柄で声の低い生物の登場に、私は息を飲む。
(この人が、地球の「男」?)
 絶滅したと聞かされていた存在の登場は、かなりの衝撃を私に与えた。
(エイロックさんたちとは違う。私たちに近い姿……)
 あの世界の外側に「男」は存在していた。タロクさんの言葉は、本当だったのだ。
「次に来られるのは半年後と伺っておりましたが?」
「俺もそのつもりだったんだが、少々事情が変わってさぁ」
 エイロックさんは私を優しく前へ押し出す。
「すまねぇが、この子に何か仕事を世話してやってくんねぇかな。住む場所付きの」
(え……)
 突然の、手を振りほどくような物言いに、私はぎょっとなる。男の方も困惑の表情を浮かべていた。
「あるにはありますが、何やら訳ありのようですね。嫌ですよ、犯罪がらみは」
「そんなんじゃないって。ただ、生まれてからずっと狭い場所に閉じ込められていた子でさ。世間知らずではあるかもな」
「……本当に犯罪絡みじゃないでしょうね」
 エイロックさんはこれまでのいきさつを、彼に説明した。やがて男は納得したらしく、私の身元引受人になると承諾してくれた。

「琴菜ちゃん、今日からここが君の世界だ」
「エイロックさん……」
「もう、男に胸をときめかせても、誰も君を咎めやしない。同じ地球の人間なら、最初の恋の相手としても安心だろう?」
 エイロックさんは私の手を取る。
「元気でな、琴菜ちゃん。この星にはまた商売に来るから」
 他の3人も、代わるがわるに私と握手をする。
「またね、琴菜ちゃん。次に来る時、君は素敵な恋人と一緒かな」
「これまでの常識が通じず戸惑うことも多いだろうが、まぁ、頑張れ」
「我々はこれで。あなたの幸せを祈っています」
 そう言い残し、四人は私に背を向ける。立ち去る彼らの後姿に、私は酷い喪失感を覚えた。
「では、伊部琴菜さん、でしたね。まずは戸籍取得などの手続きを……」
「ごめんなさいっ!」
 身元引受人の男性を振り切り、私は四人を追いかけた。

「待って!」
 息を切らせながら四人に追いつくと、彼らは驚いた顔で振り返った。
「何か忘れ物?」
 私は肩で息をつきながら、エイロックさんの服を掴む。
「確かに私の恋愛対象は男です」
「ん? うん。だからこれからはこの場所でたくさん出会えるし、咎められることも……」
「だからと言って、男なら誰だっていいわけじゃありません! 好きになった人と恋愛したいんです」
「お、おぅ」
「私は……、エイロックさんが好きです! あなたと離れたくない!」
 勢いだけの告白に、エイロックさんはぽかんとなる。やがて一つ咳ばらいをすると、大きな手で私の頭を撫でた。
「駄目だよ、琴菜ちゃん。大事な決断をこんな衝動的にしちゃ。君は、あの狭い場所から出たばかりだ。きっと興奮状態で、混乱もしてる。しばらくここで過ごして、落ち着いてから結論を出した方いい」
 橡色の瞳が、やわらかな光を宿す。
「恋愛するにしても、同じ星の人の方が良かったと思う日が来るかもしれない。だから、今は少し冷静に……」
 優しい拒絶。けれど、私は納得しなかった。
「外に出れば自由な恋愛があると教えてくれたのは、エイロックさんです。ここには違う星の人を好きになっちゃいけないというルールがあるんですか?」
「ないよ。だけど……」
「エイロックさんは、私のこと嫌いですか?」
「……」
 しばしの沈黙。やがてエイロックさんは私から視線を逸らし、ぽつりと言った。
「……好き、だよ」
「エイロックさん!」
「や、でも、ちょっと待って! 異星の人間を船に乗せるにはややこしい手続きがいっぱいあってな? このまま琴菜ちゃん連れ去ったら俺ら犯罪者になっちまうから」
 エイロックさんがそう口にした瞬間、タロクさんたちがどこかへ向かって歩き出した。

「お前ら、どこ行くんだ!?」
「琴菜さんの乗船手続きの書類を入手してまいります」
「は?」
「では、しばしご歓談を」
「お、おい!」
 三人の姿がエレベーターの中へと消えていく。
 エイロックさんは額に手をやり、ちらりと私を見た。
「琴菜ちゃん、俺らと一緒に船に乗ることになっちまったぞ? 本当にいいのか?」
「はいっ!」
 私がはっきりと答えると、エイロックさんは困ったように微笑む。そしてぐいと顔を近づけると、にやりと口端を上げた。
「そんじゃ、しっかり働いてもらうことになるから覚悟しろよ?」
「覚悟?」
「あぁ、俺たちは星々を回って商売している。行く先の文化や文字もまちまちだ。それらにしっかり対応してもらうことになるぞ」
(ひぇ……)
「そうだな、俺の秘書になってもらうか。スケジュール管理、アポや交渉、会議への出席もろもろ。やれるな?」
「えぇ!?」
 怖気づき軽く後悔した私に、エイロックさんは悪戯っぽい微笑みを浮かべる。
「最初から全部完璧にできなくていい。ゆっくりと慣れていこう」
 大きな手が、私の両頬を優しく挟む。
「……そうだな、地球だろうが宇宙だろうが、君にとっちゃ新天地だ」
 甘さの混じる低い声が、私の耳に届く。
「見せてやるよ、広い世界を。行こう、俺と一緒に」
 交わしたキスは、これまで味わったことのない幸福感に満ちたものだった。

 ――終――