どれほど経っただろうか。衝撃で一瞬飛んだ意識を取り戻した時、目に入ったのは青一色の世界だった。
「琴菜ちゃん、大丈夫?」
「エイロックさん……」
 外部カメラに繋がるモニターには、どこまでも広がる大海原が映し出されている。
「琴菜さん。面白いものが見られますよ」
(面白いもの?)
 タロクさんに呼ばれ、私はモニターの一つに目を向ける。
「あれが何かわかりますか?」
 海の中にぽっかりと浮かぶ、白いドーム状のもの。一部、破損個所があるように見える。
「あれが、あなたたちのいた『男の絶滅した世界』です」
「えっ……」
「地球の男性は、絶滅などしておりませんよ」
「!?」
 私は、ドームの映し出されたモニターに駆け寄る。
「男が……、絶滅してない?」
「はい。あの女性だけで構成された世界の外側には、男性が生存しています。そして男女で結ばれ子を成す社会も、未だ存在しているのですよ」
「うそ……」
「本当です。あなたはあのドームの中の世界を、地球全体の姿だと思い込まされていました。ですが違います。あそこは人工的に作られた、シェルターのような施設なのです」
「シェルター……」
 とても信じられなかった。これまでの常識をすべて否定され、私は眩暈を起こす。すかさず支えてくれたのは、エイロックさんの温かく逞しい腕だった。
「聞きたくない? 説明やめようか?」
「いいえ」
 私はガクガクと体を震わせながら、タロクさんを見る。
「教えてください、本当のことを」
「承知いたしました」
 エイロックさんはモニターがよく見える位置にあるシートへ、私を座らせる。
「驚くべきことに、あの閉鎖空間には独立した社会がしっかりと構築されていました。すでに数世代があのドームの中で命を紡ぎ続けていたようです。今では、あなたのようにあの世界で生まれ育った者ばかりになっているようですね」
「信じられない……」
「あそこがミクロネーションで、ドームの中だと知ってんのは上層部だけのようだな。ほとんどの人間は琴菜ちゃんと同じように、あれが地球の姿だと思って生活している」
「ドーム……」
 彼らが現れた時のことを思い出す。ノイズの走る割れた空の向こうから、別の空が見えていた。それまで私の見てきた空は、天井に映し出された映像だったということか。
「女護ヶ島の話を思い出しますね」
「ニョゴガシマ?」
「地球の伝承に存在する。女ばかりの島のことですよ。日本の文字で、女を護る島、と書くんです」
(女を護る島……)
「あの島で生活を始めた女性たちは、おそらく自らを護るため、あの環境を作り上げたのでしょう。そこに至るまでに、彼女らに何があったかは想像するほかありませんが。……きっと男の存在を、完全に排斥せねばならないほどの事情を抱えた人たちで力を合わせ、懸命な努力の末に作り上げたコミュニティだと思うのです」
「……」
 幼い頃から、図書館の隅で人類史の本を読むのが好きだった。そこに書かれていたのは、「男」に対する嫌悪、恐怖、そして存在の否定だった。
 エイロックさんは肩をすくめる。
「彼女らの世界や考えを否定はしねぇよ。あのドーム内の文化だって、かなり優れたもんだった。だがな、異性愛者(ヘテロ)として生まれた琴菜ちゃんを否定するのは、やっぱ違うと思うんだよな」
「そうですね」
 タロクさんはうなずき、私に微笑む。
「大丈夫ですよ、琴菜さん。あなたのこれから行く場所は、女が男に恋することを恥じなくていい場所です」