その時、私の手首を大きくあたたかな手が掴んだ。
「琴菜ちゃん! 一緒にここを出るぞ!」
「え……!」
「社長! 異星人のかどわかしは重罪です!」
「かどわかしじゃねぇ! この子を本来の場所へ戻してやるだけだ!」
(本来の場所?)
 私には理解できなかったけれど、タロクさんは得心がいったようにうなずく。
「成程。ならばまず、当人の意思確認を」
「確かにな。琴菜ちゃん!」
「は、はい!」
 エイロックさんが私を真っ直ぐに見る。
「君は、生まれ育ったこの世界に留まりたいか? それともこことは異なる愛の形がある、だけど慣れない外の世界に飛び出したいか?」
「……!」
 ――異性愛も同性愛も異種間愛も、更にもっと多様な関係も、ここから出れば普通のことだ
 彼の言葉を思い出す。私は迷わなかった。
「ここから、出たい……」
 私が同性と恋愛できないと知って以来、両親は私を見放した。皆も私を異物扱いするようになった。
「連れて行ってください! 未練はありません!」
「よし、分かった! おいで!」
「はい!」

 船に乗り込むと、中には作業服の人が大勢いた。彼らが船の修理を頑張ってくれた人たちなのだと、初めて知った。
「あ、あのっ……!」
 忙しく指示を出すエイロックさんに、私は問いかける。
「宇宙服とか着なくていいんですか?」
「へ? 宇宙服?」
「だって私たち、地球から離脱するんですよね?」
「宇宙へ出るときは着用しますが、今は必要ありません。ご安心を」
(どういうこと?)
「今は、この島から出るだけですので」
(島?)

「まずったぁあ!」
 エイロックさんが頭を抱えた。
「ここのドックの出入り口、開閉操作をする人間がいねぇ!! まともな出港じゃねぇから、開けてもらえてない!」
(そんな……!)
 シラフェルさんが、タッチパネルに触れる。モニターの一つに、ドックの操作盤とおぼしきものが表示された。
「あそこか。後方の階段を上がったところだな。俺が行く」
「待て、シラフェル! お前にもしものことがあれば、ウチのメカニックが困る!」
「そうだよ、ここは足に自信のあるボクが」
 彼らのやりとりに、私は思わず叫んだ。
「私が行きます!」
 皆の視線が私に集中する。不思議と心は凪いでいた。
「琴菜、ちゃん?」
「私が行って開けてきます。皆は捕まれば何をされるか分からない。でも私は、ここで育った人間ですから、命までは取られないと思うんです」
 私は彼らに笑って見せる。私だって出ていきたい。だけど異分子とされる私を受け入れ、連れ出そうとしてくれた人のためなら、何でもやりたい気がしたのだ。
「行ってきます! もしもの時は、私に構わず脱出してください!」
「待ってよ、琴菜ちゃん!」
「いけません、琴菜さん!」
 私は出入り口から飛び出そうとした。しかしそこへエイロックさんが立ち塞がる。彼は私の両肩を掴むと、くるりと私の体を反転させた。
「エイロックさん!」
「琴菜ちゃん、あそこのモニターに映ってるの、あの子だよな?」
(あの子?)
 私は彼の指し示す方向に目をやる。ドックの操作盤の前に、見知った人物が立っていた。
「千財さん!?」
 千財さんは、何やらコマンドを打ち込んでいる。
「何をする気……?」
 彼女の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
(まさか、出入り口をロックして、みんなを逃がさないようにする気じゃ?)
 千財さんを止めなくてはと、エイロックさんを振り切ろうとした時だった。
 モニターの中の千財さんが、どこかへ向かって指をさした。それと同時に地響き起こり、進行方向に光が射す。
(え?)
「あの子、出口を指し示してる。俺らに、『行け』ってさ」
(千財さんが、開けてくれた?)
「脱出するぞ!」
 エイロックさんが私をきつく抱きしめ、姿勢を低くする。
「全速前進! 各員、衝撃に備えろ!!」
「はいっ!」
 次の瞬間、強烈なGが私を襲う。浮遊感とともに襲い掛かる、激流の中もてあそばれるような衝撃。
 モニターの中から千財さんの姿が消える寸前、彼女の唇が動いたのが見えた気がした。