二週間が過ぎた。
 今日もカフェは賑わっている。来店者は日に日に増え、待ち時間もかなりのものとなっていた。
「私がこの席をずっと占領してたら、ご迷惑じゃないですか?」
 いつもの特等席に案内されたものの、少し申し訳ない気持ちになる。
「何言ってんの。君は俺たちを好意的に迎えてくれた最初の人だからね。これくらいサービスさせてよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 私はほっと息をつく。私を歓迎してくれる人なんて、これまで殆どいなかった。追い出されはしないものの、好意的に迎えてくれる場所などなかった。
(心地いいな……)
 そう思った時だった。
「あんた、本当に男が好きだよね」
 とげとげしい声が、隣の席から聞こえてきた。
「……千財さん」
 最近は彼女の姿をここで頻繁に見る。向かいの席には池逗さんの姿もあった。
「千財さんたちも、すっかり常連だね」
 当たり障りのないことを言ったつもりだったが、千財さんは眉をつり上げた。
「言っておくけどあたしは男目的で来てるわけじゃないから。あんたとは違ってね」
 なぜかムキになっているような彼女の口調に、少し戸惑う。
「千財さん?」
「この店って、ペットカフェでペットが給仕してるようなものよね。あたしにとってはそれだけのこと!」。
「はは、ペットはひどいなぁ」

 私たちの間を遮るように、エイロックさんが姿を現した。彼の登場に、千財さんは虚を突かれたような顔つきになる。けれどすぐに彼女は自分を取り戻し、フンと鼻を鳴らした。
「実際ペットみたいなものでしょ? まぁ、あたしらはそんな風にしか見てないけど、伊部のことは警戒した方がいいよ?」
「琴菜ちゃんを警戒? なぜ?」
「だってこの子、人のくせに動物と同じ原始的な繁殖に興味津々なのよ? エイロックさんたちの体、絶対にいやらしい目で見てるから。脱いで見せろとか言われなかった?」
(な……!)
 頭から冷や水をぶっかけられた気がした。時を置かず、頬がカッと燃えるように熱くなる。
「私、そんなこと……!」
「こらこら! 健全なカフェの話題じゃないぞ、お嬢さん。ないよ、そんなの一度も」
「ほんとに? でも、絶対体狙われてるから、注意した方がいいよ」
 それ以上我慢が出来なかった。私は立ち上がり、千財さんを睨みつける。
「……おかしなこと言わないで」
 震える声でそれだけ言った私に、千財さんは息を飲む。しかしすぐにその顔に嘲りの表情を浮かべ、彼女は叫んだ。
「なによ、本当のことでしょ? この男好き!」
「違うってば!」
「お客様―! お客様方、落ち着いてー!」
 エイロックさんの声に、私は我に返る。気付けば、店中の視線が私たちに集中していた。
「あ……」
「琴菜ちゃん、ちょっとこっちおいで。オジさんとお話しよう」
 エイロックさんの大きなあたたかい手を背に感じる。
「何かと思ったら、伊部じゃん」
 そんな囁き声を背に、私は事務所へと誘導された。


「大丈夫? 琴菜ちゃん」
 事務所の椅子へ腰を下ろした私に、まずかけられたのは、優しく気づかう言葉だった。
「……ごめんなさい」
「ん?」
「エイロックさんのお店で、あんな騒ぎを起こしちゃって」
 その瞬間、私の目から雫がぽたぽたと落ちる。彼は優しく微笑み、私の髪をそっと撫でた。
「あんな言い方されたら腹も立つよね。上手くフォローできなくてごめんね」
「エイロックさん……」
「お茶飲みな。リラックス効果のあるやつだよ」
「……」
 暖かなお茶が、心を緩める。その瞬間、堰を切ったように涙が止まらなくなってしまった。
「うっ、うっ、あぁあ……」
 しゃくりあげる私の肩に、あたたかな手がそっと触れた。
「さっきのは、明らかにあっちが嫌な感じだったよね。琴菜ちゃんはよく我慢したと思うよ」
 彼の手は、あやすように私の肩をタップする。
「もしかすると、これまでもあんなこと言われてた?」
 私は首を横に振る。
「あんなの、なかった。距離を置かれることはあっても、なのに……」
「そっか」
「私がいけなかったの。私のことを好きになってくれた人を傷つけて、でも、彼女を恋愛の対象に見ることが、どうしてもできなかったから! 私が、おかしいから! 異常だから! みんなが私を嫌っても当然で……!」
「……」
「男性に興味があるのも、男女による繁殖に憧れているのも嘘じゃない。それは彼女の言った通り……」
「うん」
「でも、エイロックさんたちを変な目で見たりしてない。興味本位で体が見たいとか、そんなの、私……」
 エイロックさんの手が止まった。
「なぁ、琴菜ちゃん知ってる? 人は自分が感じたことを、そのまま他人も同じように感じると思い込むものなんだと」
「え……」