「カフェ・ビースト」開店から三日が過ぎた。
(あれから、一人もお客が来ない)
 せめて私だけでも彼らの収入に繋がらねばと、毎日通っている。無職ゆえ、あまり豪勢にはいかないけれど。
「エイロックさんって、社長さんなんですよね」
 私は代わるがわる話し相手になってくれる彼らと、今日も会話を楽しむ。
「そうだよ。見えない?」
「そんなことは。ただ肩書に比べて、ずいぶん気さくな方だなぁ、って」
「あっはっは。社長と言っても、大企業じゃないからなぁ。星を巡って、フルーツを中心に食品を売買してるだけだし。その直営カフェも、社長自ら給仕しなきゃならない程度の会社さ」
 星を巡ってという辺り、十分スケールが大きい気がするが。
「エイロックさんが社長なら、とても雰囲気のいい会社なんだろうな、って思います」
 私は数日前まで勤めていた職場の、こわばった雰囲気を思い出す。
「すごく……、羨ましいです」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう」
 エイロックさんの(つるばみ)色の瞳は、慈しみに満ちた光をたたえていた。

(雰囲気良くて美味しいカフェなのに、誰も来ないの勿体ないな)
 そう思いつつ、窓の外へ目を向けた時だった。
「あ!」
「いかがなさいました?」
 私は窓を指差す。そこには中の様子をうかがう人影があった。
「よぉし、ボクに任せて!」
 フラウドさんは軽やかな足取りで扉に向かい、勢いよく開けた。
「いらっしゃいませ! よろしければ中に……」
 だが、彼の愛らしい声に続いたのは、予想外の反応だった。
「きゃああ!」
「不気味!」
「声、キモッ!!」
 あっという間に人影はその場から消えてしまう。
「えぇえ~。怖がられた……」
 フラウドさんは見るも哀れなほど凹んでいる。フラフラと戻ってくると、テーブルに突っ伏した。
「ボクこれでも、どこ行っても可愛いって褒められるのに。ショック……」
「客商売で怖がられるのは困りものですね」
「慰めてよ、タロク!」
「これまで女性しかいなかった世界にいきなり異星の男だからなぁ。しかも不時着。簡単には受け入れてもらえねぇか」
「キモいなんて言われたの初めてだよ! うぅう、自信なくしちゃう」
「無理もないことです。事実、我々は彼女らにとって、得体のしれない存在なのですから」
 意気消沈する彼らを前に、私は少しいたたまれなくなる。

「あの……、美味しかったです。ごちそうさま」
「んぁ? もう帰るの? オジさん寂しい」
 おどけるエイロックさんに、私は笑う。
「またおいでよ、琴菜ちゃん。この席は君のための特等席だからさ」
「ありがとうございます」
「琴菜さん。もし可能でしたら」
 タロクさんが退店しようとする私へ駆け寄ってくる。
「この店の宣伝をお願いすることは可能でしょうか?」
「宣伝、ですか?」
「そうそう! ここのカフェいいよ、怖くないよ、店員さんイケメンだよ、って家族や友人に広めてくんない?」
(家族、友人……)
 エイロックさんの言葉に、胸がキリッと痛む。
(親とは家を出て以来ほぼ連絡とってないし、友人なんて私には……)
 そうは思ったものの、彼らを落胆させたくなくて、私はうなずき店を出た。