翌日、私はエイロックさんから告げられた場所へと足を運んだ。そこは大通りから離れた場所にある、小さなイベントスペースだった。
(ここ?)
辺りに人影はない。私はおずおずとその扉を開いた。
途端、パンパンパン!とクラッカーが打ち鳴らされる。
「お待ちしておりました、第一号のお客様! ようこそ、カフェ・ビーストへ!」
そこにはカフェエプロンを身に着けたエイロックさんとタロクさん、そしてコックコート姿のフラウドさんが立っていた。
「カフェ・ビースト?」
立ちすくむ私を、エイロックさんはスマートに店内へ招き入れてくれる。
「この星にあるだろ? ねこカフェ」
「えぇ」
「実はそれを参考に始めたんだよね。モフモフした生き物がいるカフェが人気なら、モフモフの俺らが給仕すればよくね?って」
「えぇ!?」
「ボクら、こんな見た目でしょ?」
「本来の業務の傍ら、異星を回る移動カフェとして営業をしていますが、これでなかなか盛況なのですよ。残念ながら、似たような見た目の住人の星では反応が今一つですが」
「そりゃ、本物のメイドさんの大勢いる場所で、メイドカフェするようなもんだからなぁ」
「社長、その例え! やめてよー!」
(ねこカフェを参考にした? じゃあ、黒猫っぽいタロクさんが一番人気だったりするのかな?)
私は眺めのいい明るい席へと案内される。ふと、ツナギ姿の彼がいないことに気付いた。
「シラフェルさんは?」
「あぁ、あいつはウチの船のメカニック主任だからな。今はドックで、部下と一緒に修繕作業してる」
どうやら彼ら四人以外にも、乗組員がいたようだ。
「シラフェルさんってメカニックなんですね。カッコいい」
「カッコいい? それじゃあ」
エイロックさんがテーブルに片手をつき、こちらに向けてポーズをとる。
「俺、社長。どう? カッコいい?」
「あ、はい。素敵です」
「っしゃ!」
「社長、無理に言わせるものではありません」
タロクさんがため息をつきつつ、銀縁の眼鏡の位置を直す。
「タロクさんって、エイロックさんの秘書みたいですね」
「そうですね。主な仕事は社長の尻ぬぐいですから」
「おい、タロク。コラ」
「ボクは船内のキッチン担当。カフェ・ビーストではパティシエやってるよ」
フラウドさんは私の前にティーポットとカップを並べた。
「えっ? 私、注文してませんよ」
異星のカフェの値段の相場なんて、見当もつかない。
「すみませんがメニューを」
現在無職の私に払えない金額だったらと焦ったが、フラウドさんは愛らしく微笑む。
「これはね、お客様第一号の琴菜ちゃんへ、無料サービス! 心配しないで」
キラキラとルビーのように輝く、フラウドさんの瞳。
「口に合わなかったら言ってね。別のものと取り換えるから」
「あ、いえ。ありがとうございます。いただきます」
カップを満たす金色の液体。それを、私はそっと口に含んだ。
「おいしい!」
初めて口にする味だった。フルーツと花の中間のような芳香が、すっと鼻の奥をぬけていく。適度な渋みと香ばしさがとても心地よい。
「お気に召しましたか? そちらはディスタという星のみで手に入る茶葉を使っております」
「美味しいです、タロクさん。とても!」
「お次はこちらをどうぞ!」
フラウドさんが私の前にスイーツを置く。
「わぁ、きれい! 可愛い……!」
キラキラしているのは飴細工だろうか? 初めて見るフルーツが宝石のように並んでいる。
(崩すのがもったいないけど……)
私は思い切ってフォークで切り分ける。
「おいしい……」
濃厚な甘酸っぱさが先に来て、すぐさま口の中でほろりと崩れて儚く消えてゆく……。
「ふふ、すぐに口の中からなくなっちゃうから、次の一口を食べずにはいられないでしょ?」
私の気持ちを見越したように、フラウドさんが笑う。
「はい、これは危険なスイーツです。いくらでも手が伸びてしまいそう」
「あはっ、ありがと。そのくちどけを完成させるのは、ちょっと苦労したんだ」
「これ、フラウドさんが?」
「うん、ここのスイーツは全部ボクの手作りだよ」
「すごい!」
綺麗なスイーツは、あっという間に胃の中に納まってしまった。
開店から三時間が経過した。
「……誰も来ないね」
頬杖をついたフラウドさんが白く長い耳を、へたりと倒す。
「カフェだからおやつ時がメインだけど、ランチタイムにも何人かは覗きに来てくれると期待したんだけどな」
「無理もありません」
タロクさんは眼鏡を拭き、かけ直す。
「我々は不時着した不審者。しかもこの地に生息しない『男』ですからね。すぐには受け入れられないでしょう」
「げーっ。じゃあ、思いっきり赤字かよ」
「船が直るまでの期間、何もせずにいるよりまし程度と考えましょう。それにこれは、この星に滞在する間に廃棄になりかねない食材を片付ける目的で始めたのですから」
(美味しいのにな、すごく)
私はケーキを口に運び、お茶を飲む。
(きっとこの味を知れば、みんなも来ると思うんだけど)
(ここ?)
辺りに人影はない。私はおずおずとその扉を開いた。
途端、パンパンパン!とクラッカーが打ち鳴らされる。
「お待ちしておりました、第一号のお客様! ようこそ、カフェ・ビーストへ!」
そこにはカフェエプロンを身に着けたエイロックさんとタロクさん、そしてコックコート姿のフラウドさんが立っていた。
「カフェ・ビースト?」
立ちすくむ私を、エイロックさんはスマートに店内へ招き入れてくれる。
「この星にあるだろ? ねこカフェ」
「えぇ」
「実はそれを参考に始めたんだよね。モフモフした生き物がいるカフェが人気なら、モフモフの俺らが給仕すればよくね?って」
「えぇ!?」
「ボクら、こんな見た目でしょ?」
「本来の業務の傍ら、異星を回る移動カフェとして営業をしていますが、これでなかなか盛況なのですよ。残念ながら、似たような見た目の住人の星では反応が今一つですが」
「そりゃ、本物のメイドさんの大勢いる場所で、メイドカフェするようなもんだからなぁ」
「社長、その例え! やめてよー!」
(ねこカフェを参考にした? じゃあ、黒猫っぽいタロクさんが一番人気だったりするのかな?)
私は眺めのいい明るい席へと案内される。ふと、ツナギ姿の彼がいないことに気付いた。
「シラフェルさんは?」
「あぁ、あいつはウチの船のメカニック主任だからな。今はドックで、部下と一緒に修繕作業してる」
どうやら彼ら四人以外にも、乗組員がいたようだ。
「シラフェルさんってメカニックなんですね。カッコいい」
「カッコいい? それじゃあ」
エイロックさんがテーブルに片手をつき、こちらに向けてポーズをとる。
「俺、社長。どう? カッコいい?」
「あ、はい。素敵です」
「っしゃ!」
「社長、無理に言わせるものではありません」
タロクさんがため息をつきつつ、銀縁の眼鏡の位置を直す。
「タロクさんって、エイロックさんの秘書みたいですね」
「そうですね。主な仕事は社長の尻ぬぐいですから」
「おい、タロク。コラ」
「ボクは船内のキッチン担当。カフェ・ビーストではパティシエやってるよ」
フラウドさんは私の前にティーポットとカップを並べた。
「えっ? 私、注文してませんよ」
異星のカフェの値段の相場なんて、見当もつかない。
「すみませんがメニューを」
現在無職の私に払えない金額だったらと焦ったが、フラウドさんは愛らしく微笑む。
「これはね、お客様第一号の琴菜ちゃんへ、無料サービス! 心配しないで」
キラキラとルビーのように輝く、フラウドさんの瞳。
「口に合わなかったら言ってね。別のものと取り換えるから」
「あ、いえ。ありがとうございます。いただきます」
カップを満たす金色の液体。それを、私はそっと口に含んだ。
「おいしい!」
初めて口にする味だった。フルーツと花の中間のような芳香が、すっと鼻の奥をぬけていく。適度な渋みと香ばしさがとても心地よい。
「お気に召しましたか? そちらはディスタという星のみで手に入る茶葉を使っております」
「美味しいです、タロクさん。とても!」
「お次はこちらをどうぞ!」
フラウドさんが私の前にスイーツを置く。
「わぁ、きれい! 可愛い……!」
キラキラしているのは飴細工だろうか? 初めて見るフルーツが宝石のように並んでいる。
(崩すのがもったいないけど……)
私は思い切ってフォークで切り分ける。
「おいしい……」
濃厚な甘酸っぱさが先に来て、すぐさま口の中でほろりと崩れて儚く消えてゆく……。
「ふふ、すぐに口の中からなくなっちゃうから、次の一口を食べずにはいられないでしょ?」
私の気持ちを見越したように、フラウドさんが笑う。
「はい、これは危険なスイーツです。いくらでも手が伸びてしまいそう」
「あはっ、ありがと。そのくちどけを完成させるのは、ちょっと苦労したんだ」
「これ、フラウドさんが?」
「うん、ここのスイーツは全部ボクの手作りだよ」
「すごい!」
綺麗なスイーツは、あっという間に胃の中に納まってしまった。
開店から三時間が経過した。
「……誰も来ないね」
頬杖をついたフラウドさんが白く長い耳を、へたりと倒す。
「カフェだからおやつ時がメインだけど、ランチタイムにも何人かは覗きに来てくれると期待したんだけどな」
「無理もありません」
タロクさんは眼鏡を拭き、かけ直す。
「我々は不時着した不審者。しかもこの地に生息しない『男』ですからね。すぐには受け入れられないでしょう」
「げーっ。じゃあ、思いっきり赤字かよ」
「船が直るまでの期間、何もせずにいるよりまし程度と考えましょう。それにこれは、この星に滞在する間に廃棄になりかねない食材を片付ける目的で始めたのですから」
(美味しいのにな、すごく)
私はケーキを口に運び、お茶を飲む。
(きっとこの味を知れば、みんなも来ると思うんだけど)