ヴヴ

ボルドーに紺のチェック柄の入ったプリーツスカートが震え、亜子|《あこ》の太ももに振動を与える。

亜子は黒板にフリーハンドで描かれた複素数平面に視点を固定したまま、ポケットに手を入れスマホを膝の上に移動した。
チラリと視線を下に動かし、画面ロックを解除。
チャットアプリを立ち上げる。
フレンチブルドッグのアイコンの右上に「未読1」の文字が点滅していた。

玲菜|《れな》からメッセージだ。
左後ろを振り向くと、玲菜が「メッセ見て」と口パクしていた。
「わかった」と口パクで返して、メッセージをタップする。

「亜子! ヤマテツに告白するなら今日がオススメ! 何と今日はヤマテツの誕生日らしいよ。副担のミワちゃん先生情報!」

ビックリマーク満載のテンション高めのメッセージが視界に飛び込む。
ご丁寧に、かわいいウサギがラブレターを差し出しながらハートマークがスパークするスタンプまで添えられている。

「いやいや、今日は急過ぎでしょ。有機出ないって」

授業に集中しているふりをしながら指先だけ画面を滑らしたせいか、勇気、が有機になってしまった。

黒のポロシャツの胸元をパタパタしながら、先生は黒板の複素数平面図上に「-3i」と書き入れた。
ツーブロックにカットし、ウエットワックスでスタイリングされた黒髪が、彼を実年齢よりも若々しく見せている。
チョークを黒板の上で動かすたびに、むき出しの二の腕の筋肉が隆起する。
ときおり生徒に向ける、たれ目気味の二重瞼。
先生はよく左手を顎に当て、軽くこする。
授業が始まってからもう6回目。

私が告白したら、先生は喜ぶだろうか、それとも困った顔をして顎をこするだろうか。

亜子は彼の長くて節のある人差し指をジッと観察した。

指先には唇がある。
そこに自分の唇が触れたら、生徒としてではなく、一人の女性として意識してくれるだろうかと、妄想する。

開け放たれた窓からキンモクセイの甘い香りを含んだ風が吹き込み、真っ白なレースカーテンを膨らませた。
もうすぐ本格的な秋に突入する。
秋になったらクラスも先生も受験モード一色になるだろう。
今を逃したら、告白のチャンスは卒業後かもしれない。

「磯崎|《いそざき》、前に出て複素数平面上に-zを書き入れなさい」