「成長、かぁ……。わたしね、さっちゃんみたいに背が伸びなかった。……もう伸びない」
「そうだな。そもそも中学の頃からそんなに変わらないし」
「そんなことないよ、三ミリ伸びた!」
「それは誤差」
「うう……。それに、みいちゃんみたいに卒業までにお仕事も決まらなかった」
「ああ……進学と就職、ギリギリまで悩んでたもんな」
「うん……でも、焦って適当に受けて決まらなくてよかったよね。……直前になって『やっぱり行けません』なんて、会社に迷惑掛けなくて済んだもん」
昔からの花城の夢は、進学と就職の先にあるものだった。そのせいか、その手前のものについては、あまり明確なビジョンもなくふわふわとしていた。だからこそ、ギリギリまで担任と進路相談をしていたことを覚えている。
最後まで卒業を嫌がっていた彼女は、それでも前向きに、将来のことを考えていた。
「確か、来週本命の面接予定だったっけ? ……僕は何となくで地元の大学に進学決めちゃったから、ちゃんと悩んで考えてた花城は、すごいと思う」
いつかは、働きに出る。それは理解していた。けれどそのことから目を逸らし適当な大学に進学に決めた僕は、いつかしなくてはいけない選択を先延ばしにしただけだ。
学ぶことが好きな訳でも、学校が好きな訳でもない。将来進みたい職種が決まっている訳でもない。
それなのに、真剣に考えたのに何者にもなれず宙ぶらりんな今の彼女と、流されるように生きている僕が、こうして卒業という節目で言葉を交わしているのが、何だか途端に申し訳なくなった。
「花城は……本当に、すごいよ。尊敬する」
春風に紛れてしまわぬよう、はっきりと素直な気持ちを口にした僕に彼女は少し驚いたようにして、それからしばらくすると、あの日のようにその大きな瞳には涙が溢れてきた。
「ありがとう……逢坂くん。……ねえ、わたしも、みんなと一緒に少しは成長出来たかな?」
「ああ……十分過ぎるくらいだ」
「……大人にはなれないけど、みんなと一緒に、卒業出来たかな?」
彼女は、大人にはなれない。
あの日卒業が寂しいと泣いていた彼女は、卒業式を迎える前に、交通事故で亡くなってしまった。
そして、彼女は卒業できない。
生前あれだけ卒業が嫌だと拒んでいた彼女は、死後卒業式に参加なんてできるはずもなかった。
だから、彼女は待っていたんだろう。卒業式を終えたみんなが最後に通る、この桜並木で。
木陰からこっそりみんなを見ていて、彼女はどんな気持ちだったのだろうか。
きっと誰ひとり振り返らなくても、いつもの朝のようにひとりひとりの名前を呼んで、声をかけていたに違いない。
それは「寂しい」と嘆くためではなく、自分が迎えることの出来なかった卒業に「おめでとう」と告げるために。
「……」
彼女は卒業式に出られなかった。みんなと同じ時間を歩めなかった。一生懸命考えていた未来が来ることは、永遠にない。
けれど、制服姿のその胸には卒業生の証である薄紅色の花を飾っている。
それはみんなが棺に眠る彼女に一足先に捧げた、一緒に卒業するための約束だった。
「……もちろん。花城も、みんなと一緒に卒業だ」
誰よりも離ればなれになるのが嫌だった寂しがりな彼女が、誰よりも早く遠く離れて、みんなを置いていってしまったのだから、皮肉なものだ。
「本当に……? みんなと、一緒?」
「当たり前だろ」
「本当に本当?」
「その花飾りが、何よりの証拠だろ」
この桜並木を歩く人々の中で、彼女の声に気付いたのは、おそらく僕だけだったのだ。でなければ、幽霊が出ただの今頃もっと大騒ぎになっているだろう。
皆それぞれ別れを惜しみ過去を懐かしみながらも、前を向いて未来に向かう者たちだ。
この善き日にいつまでも迷子のように足踏みする心を持て余した僕だけが、停滞する彼女の傍らに寄り添うことが出来たのだろう。
そのことが、ひどく嬉しかった。
心細かったであろう花城には申し訳ないものの、僕が声を聞き、姿を見ることも出来ると気付いた時の、驚きから笑顔に変わるあの表情。
長い冬を耐え抜いた花の綻びのようで、叶うならずっと見ていたかった。
「そっか……そうだよね、ありがとう……逢坂くん」
「いや、こちらこそ」
「……? なんで逢坂くんがお礼?」
「内緒」
「えー?」
こんな風に幽霊となるほどの心残りなら、いっそ孤独からみんなを呪うことだって出来ただろう。
それなのに、花城はひとりその寂しさを胸に秘め、満開の桜にも負けない心からの嬉しそうな笑みを浮かべながらその言葉を僕に告げる。
「……逢坂くん。あらためて、卒業おめでとう。大学に行っても、元気でね!」
「ああ……花城も、卒業、出来て良かったな。おめでとう」
「うん……っ! ありがとう!」
目の前に咲くどこまでも優しい笑顔は、涙の膜に覆われてか、徐々に薄れて見えなくなっていく。