アーチボルトとハイデマリーの乳母ペルラは、明朗快活な女性だった。最初こそは子爵家の門を通るときに緊張した様子を見せていたようだが、すぐに慣れると屋敷の人間とも仲良くなり、人一倍働くようになった。
アーチボルトの乳母としての務め以上の働きは求めていなかったロックウェル子爵だったが、働くというのなら無理に断る理由もない。ペルラの好きなようにさせた結果、ともすれば暗くなりがちなロックウェル邸でのムードメーカーのような立ち位置となっていった。
数年後にハイデマリーが生まれたときも、乳母として残り続けた。もっとも、その時は正式な乳母も他にいたのだが。
ペルラの息子でアーチボルトと同い年のウーゴも、ある程度の年齢になると屋敷で働き始めた。最初は皿洗いのお手伝いから、庭師の補助、掃除の手伝いをやっていたのだが、次第に庭仕事に興味を持つようになった。
ウーゴは年上の人にはすぐに打ち解けるのだが、年齢の近い子供に対してはなかなか気難しい部分があり、アーチボルトやハイデマリーと仲良くなることはなかった。
一つのことに熱中しやすい性質で、庭仕事のスキルをメキメキと上達させていくと、もっといろいろな植物を見たいと言って、マールグリッドへ向かう行商の馬車に潜り込んで旅立ってしまった。
今でも時々ウーゴから手紙が来るのだと、ハイデマリーは言っていたが、その日暮らしで旅を続ける彼のもとには、まだ母の死の知らせは届いていない。
幼い息子が勝手にマールグリッドへと向かったと知り、数日は取り乱していたペルラだったが、ウーゴのことを最もよく理解していたのも彼女だった。
ウーゴはペルラに似て人当たりが良く器用で、年齢不相応なほどに大人びていた。慎重な性格で、危険を察知する能力も高く、ウーゴなら一人でも大丈夫だろうというのがペルラの見立てだった。
「あの子なら、私に似ずに賢い子だからね、大丈夫だよ!」
それがペルラの口癖だった。半分は本当に信じていたのだろうが、もう半分は自身の不安を吹き飛ばすための虚勢だったのだろう。事実、ウーゴから手紙が届くたびに目に涙を浮かべているのを見たと、メイドたちが証言している。
本当なら、ウーゴの後を追いかけたい気持ちがあったのだろうが、ペルラは責任感が強かった。優しすぎるアーチボルトと、そんな兄を支えるために強くあろうと無理をするハイデマリーを見捨てることができなかった。
二人が王立学校を卒業した暁にはロックウェル家を辞し、マールグリッドへと渡る計画を立てていたようだが、それは叶わなかった。
ペルラはある日突然倒れ、そのまま帰らぬ人になった。
数か月前から微かな不調は感じていた様子だったが、年齢からくるものだと決めつけ、医者にかかることはなかった。数日前には酷い体調不良で寝込むことがあったのだが、質の悪い風邪を引いただけだと言って、翌日からは簡単な仕事をこなすようになっていた。
ペルラが最後に生きている姿を目撃されたのは、裏庭に通じる廊下の途中だった。洗濯籠いっぱいに洗い立ての真っ白なシーツを詰め、ゆっくりとした足取りで歩く彼女を、馴染みのメイドが呼び止めた。
「すごい量だね! 手伝おうか?」
メイドの申し出に、ペルラは輝くような笑顔を浮かべると、首を振った。
「あんたも仕事があるんだろう? 私は大丈夫! パっとやって、サっと帰ってくるから! そしたら、一緒にちょっと休憩しよう。お嬢様から美味しい紅茶をいただいたんだよ」
この時すれ違ったメイドが、なかなかペルラが戻らないことを心配して裏庭に様子を見に行き、倒れた彼女を見つけた。
手に握られた一枚と、籠に残った数枚以外はすべて綺麗に物干しに並べられていた。
ただならぬ様子に走り寄ろうとしたとき、突然吹いた風に干されていたシーツが飛び、ふわりと空に広がると、舞うように揺れながら落ちてきた。ゆっくりとした速度でペルラの上に覆いかぶさり、彼女の亡骸を包み込んだ。
「まるで、天使様がペルラを迎えに来たかのようでした」
後にメイドは、そう語った。
アーチボルトの乳母としての務め以上の働きは求めていなかったロックウェル子爵だったが、働くというのなら無理に断る理由もない。ペルラの好きなようにさせた結果、ともすれば暗くなりがちなロックウェル邸でのムードメーカーのような立ち位置となっていった。
数年後にハイデマリーが生まれたときも、乳母として残り続けた。もっとも、その時は正式な乳母も他にいたのだが。
ペルラの息子でアーチボルトと同い年のウーゴも、ある程度の年齢になると屋敷で働き始めた。最初は皿洗いのお手伝いから、庭師の補助、掃除の手伝いをやっていたのだが、次第に庭仕事に興味を持つようになった。
ウーゴは年上の人にはすぐに打ち解けるのだが、年齢の近い子供に対してはなかなか気難しい部分があり、アーチボルトやハイデマリーと仲良くなることはなかった。
一つのことに熱中しやすい性質で、庭仕事のスキルをメキメキと上達させていくと、もっといろいろな植物を見たいと言って、マールグリッドへ向かう行商の馬車に潜り込んで旅立ってしまった。
今でも時々ウーゴから手紙が来るのだと、ハイデマリーは言っていたが、その日暮らしで旅を続ける彼のもとには、まだ母の死の知らせは届いていない。
幼い息子が勝手にマールグリッドへと向かったと知り、数日は取り乱していたペルラだったが、ウーゴのことを最もよく理解していたのも彼女だった。
ウーゴはペルラに似て人当たりが良く器用で、年齢不相応なほどに大人びていた。慎重な性格で、危険を察知する能力も高く、ウーゴなら一人でも大丈夫だろうというのがペルラの見立てだった。
「あの子なら、私に似ずに賢い子だからね、大丈夫だよ!」
それがペルラの口癖だった。半分は本当に信じていたのだろうが、もう半分は自身の不安を吹き飛ばすための虚勢だったのだろう。事実、ウーゴから手紙が届くたびに目に涙を浮かべているのを見たと、メイドたちが証言している。
本当なら、ウーゴの後を追いかけたい気持ちがあったのだろうが、ペルラは責任感が強かった。優しすぎるアーチボルトと、そんな兄を支えるために強くあろうと無理をするハイデマリーを見捨てることができなかった。
二人が王立学校を卒業した暁にはロックウェル家を辞し、マールグリッドへと渡る計画を立てていたようだが、それは叶わなかった。
ペルラはある日突然倒れ、そのまま帰らぬ人になった。
数か月前から微かな不調は感じていた様子だったが、年齢からくるものだと決めつけ、医者にかかることはなかった。数日前には酷い体調不良で寝込むことがあったのだが、質の悪い風邪を引いただけだと言って、翌日からは簡単な仕事をこなすようになっていた。
ペルラが最後に生きている姿を目撃されたのは、裏庭に通じる廊下の途中だった。洗濯籠いっぱいに洗い立ての真っ白なシーツを詰め、ゆっくりとした足取りで歩く彼女を、馴染みのメイドが呼び止めた。
「すごい量だね! 手伝おうか?」
メイドの申し出に、ペルラは輝くような笑顔を浮かべると、首を振った。
「あんたも仕事があるんだろう? 私は大丈夫! パっとやって、サっと帰ってくるから! そしたら、一緒にちょっと休憩しよう。お嬢様から美味しい紅茶をいただいたんだよ」
この時すれ違ったメイドが、なかなかペルラが戻らないことを心配して裏庭に様子を見に行き、倒れた彼女を見つけた。
手に握られた一枚と、籠に残った数枚以外はすべて綺麗に物干しに並べられていた。
ただならぬ様子に走り寄ろうとしたとき、突然吹いた風に干されていたシーツが飛び、ふわりと空に広がると、舞うように揺れながら落ちてきた。ゆっくりとした速度でペルラの上に覆いかぶさり、彼女の亡骸を包み込んだ。
「まるで、天使様がペルラを迎えに来たかのようでした」
後にメイドは、そう語った。