そんなの簡単に見過ごせるわけがないだろ。
バカなんじゃねぇの?
お前は本当に何も分かっていないよ。
「しつこい。私はこの人と行くから放っておいてよ!」
ほら、名前も知らねぇんじゃん。
楠川の表情から読み取れるのは『助けて』という言葉だけ。
そんなの俺の思い過ごしだろって思うかもしんねぇけど、それでも俺はコイツをこの男に渡したくはない。
「しつこい男は嫌われるよ。ていうことで……」
「コイツは無理。ほか当たれよ」
男が楠川を連れていこうとするから俺はすかさずもう一度引き止めた。
なんで『助けて』って言わねぇんだよ。
たった一言それだけ言えば、周りのみんなも助けてくれるのに。
どうしてお前は助けを求めないんだよ。
「あー……本当にうざい。もういいよ。女はほかにもいるし」
男は眉間にシワを寄せてため息をつきながら呆れたように言うと俺の手をぶんっと振り払って歩いていった。
さっさと帰れっつーの。
優等生ぶってんじゃねぇよ。
男への愚痴を心の中でこぼしながら楠川の方に視線を戻す。楠川の表情は先程とは違い、安堵で溢れているように感じた。
「よかったな」