すると、アイツは俺に気づいて、にっこりと柔らかく笑って『桜、綺麗だね』と言った。

初めて言葉を交わしたはずなのに優しく可愛らしい愛嬌のある笑顔で微笑まれ、俺の鼓動はうるさいほど高鳴ったのを覚えている。

その時の俺は色々と重なって精神的にもボロボロで、とても笑える状況じゃなかったのに、楠川の笑顔を見たら、心が和らいで自然と頬が緩んで、笑顔になれたんだ。

自分でも不思議だった。
なぜこんなにも彼女の笑顔に惹かれたのか。


『なんだ、笑えるんじゃん。笑顔の君の方が私は好きだよ』


その言葉と笑顔から溢れ出る人柄に俺は瞬く間に恋に落ちた。

コトン……と音がした気がするのはきっと俺が楠川陽音に恋に落ちた音だと思う。

当時の俺は誰といても何をしていても心の底からは笑えなくて、いつも心のどっかにどっしりと重いものを抱えていた。

俺がちゃんと心の底から笑えていないことにアイツが気づいていたのかどうかはわからない。

だけど、彼女の笑顔を見た時、心に抱えていたものがすぅっと溶けて楽になった気がしたんだ。

それから、俺は楠川のことがずっと好きで高校最後の年にクラスが一緒になれて思わずガッツポーズしたのを覚えている。