【陽音side】
結局、カイくんのことが好きだと気づいても臆病な私は彼に告白することもカイくんの気持ちに応えることもできないまま、気づけばもう10月に入っていた。
すぅ、と胸いっぱいに息を吸えば、金木犀の甘い香りが鼻をくすぐる。
この香りを鼻にするとようやく秋が来たのだと感じることができる。
「今日の放課後、久しぶりにカラオケ行かね?」
「いいよ」
人の話し声で騒がしい教室でカイくんと交わす言葉。
もう今は誰も私たちの仲をうるさく言うようなことはない。
どちらとも一定の距離を保っているからなのか……明確な理由はわからないけれど、悪口を言われる心配がなくなったというだけで少しカイくんとも教室で話しやすくなったのは事実だ。
そんなことよりもカラオケに行くのはこの前カイくんと行った時以来だから楽しみ。
この前初めて聴いて思ったけれど、カイくんの歌声が私は好きだ。低く甘い声でずっと聴いていたくなるほど優しい歌声だから。
「よっしゃ、今日の授業頑張るわ」
「じゃあ、寝ちゃダメだよ」
カイくんは私が知る限り、ほとんどの授業を机に顔を伏せて眠っている。