──カランコロン。


学校帰りのセーラー服姿のまま、私は『ホワイト・カフェ』の扉を開く。
すると、コーヒーの香ばしい香りが鼻を掠める。
ああ、この香り。癒される。


「おかえり、環奈」
「ただいま」

私に気づいた父が、カウンターの中から声をかけてくれた。


「環奈。今日は、嬉しいお客さんが来てくれていてね」
「え?」

嬉しいお客さん?
父の言葉に、私がカウンター席に目をやると。


「あ! おかえり、環奈」

カウンターの左端の席には、いつものようにスーツ姿のこーちゃんが。そして、彼の隣には茶髪の知らない女の人が座っている。

「えっと……?」
「環奈。この人が、俺の婚約者の絵里(えり)
「こん、やくしゃ……」

彼女がこーちゃんの婚約者だと聞き、私の手からはチョコレートの入った紙袋が滑り落ちる。

「あなたが環奈ちゃん? 初めまして。幸太からよくこのお店のことを聞いてて。一度来てみたかったの。お邪魔してます」

私を見て微笑む絵里さんは、思わず息を飲んでしまうほどとても綺麗で。


「ねぇ、幸太。ここのコーヒーすっごく美味しい」
「だろ? ここは、シフォンケーキもめっちゃ美味いんだよ」
「ほんと? 食べてみたい。プレーンとチョコ、どっちにしようかな」
「それじゃあ両方とも頼んで、二人ではんぶんこしようか」


二人の仲睦まじい様子を目の当たりにし、私は胸の辺りが苦しくなる。


「えっと、私……学校に忘れ物しちゃったみたい。こーちゃんと絵里さん、どうぞごゆっくり」

早口でなんとかそう言うと、私は喫茶店を飛び出した。


「はぁ……はぁっ」


店から、あの二人から、少しでも遠く離れたくて。私は住宅街の中を、あてもなくひたすら走る。


あの人が、こーちゃんの婚約者なんだ。
初めて会ったけど、絵里さん綺麗な人だったな。こーちゃんとも、美男美女ですごくお似合いで。
絵里さんと一緒にいるこーちゃんは、今まで見たことないくらい幸せそうな顔をしていて。

こーちゃんが、食べ物を『はんぶんこ』する相手は……もう私じゃない。絵里さんなのだと。
こーちゃんの笑顔も、優しさも。これからは全部、絵里さんのものになるんだ。

今までは結婚式の招待状で二人の名前を見ていただけだから、どこかぼんやりとしてイマイチ現実味がなかったけれど。
さっき二人が一緒にいるところを、この目でハッキリと見てしまったら……。


「……うう」

こんなところで泣きたくないのに、涙が次から次へと溢れてくる。

せっかく用意していたバレンタインのチョコレートも、もう渡せないね。

だってこーちゃんはもうすぐ、あの人の旦那さんになるのだから。

そう、頭では分かっているのに。


「こーちゃん。こーちゃ……っ」

私がこーちゃんを好きだという気持ちは、そう簡単には消えてくれそうもない。


藍色とオレンジ色が混ざり合う空の下。
住宅街の隅っこで、私は一人泣いた。