二月中旬。先月末から週一登校となって、三度目の登校日。
たまたま今日はバレンタインデーだからか、教室がどことなく甘い香りに包まれているような気がする。
学校の休み時間。私が窓際の自分の席に着き、窓の外をボーッと眺めていると。
「白井!」
「…………」
「しーらーいー」
「…………」
「おい、白井環奈!」
私を呼ぶ声がし、窓から声のしたほうへと視線をやると。
「や、山科くん」
クラスメイトの山科賢人くんが、少し怒った顔で私の目の前に立っていた。
彼は、テレビで観る男性アイドルのように整った容姿をしているからだろうか。眉間を寄せている顔でさえもかっこよく見えてしまう。
「俺さっきから呼んでるのに、返事くらいしてくれよ」
「ご、ごめん。それで山科くん、何か用?」
「何か用って……」
山科くんが、はぁとため息をつく。
「あのさ。白井、今日お前日直だろ? さっき担任が今日提出の課題、職員室まで持ってこいって言ってたぞ」
「えっ!?」
山科くんが指さした教卓の上には、クラス全員分のノートが山積みになっていた。
「うわ、そうだ。私今日、日直だったのすっかり忘れてた」
私は慌てて立ち上がる。
「白井がボーッとしてるなんて珍しい。さては今日、誰かに告白するつもりで気が気でない……とか?」
ニヤリと笑った山科くんの視線の先には、机の横に掛けてある私の紙袋。
中身は、今日こーちゃんにあげようと思って買っておいた少しお高めのチョコレート。
今朝遅刻しそうになって慌てていたせいで、間違って学校に持ってきてしまったのだ。
「こ、こ、告白なんて私しないから! もう、山科くん変なこと言わないで!」
「ぷっ。白井ってば、ムキになりすぎ」
山科くんが、クスクスと笑う。
「そ、それは、山科くんが……」
「はいはい。つーか、早くノート持って行かないとやばいんじゃねえの?」
「そうだった!」
私は慌てて教卓へと走っていき、四十冊のノートをまとめて胸の前で抱える。
うわ。これ、思ったよりけっこう重い。
予想外の重さに、身体がよろめいてしまう私。
「ったく、しょうがねぇなぁ」
すると山科くんが、私の横からノートを半分ほど奪うように取ってしまった。
「や、山科くん!?」
「これ、俺も一緒に職員室まで持ってくわ」
「え!?」
「ほら、さっさと行くぞ。早くしないと、休み時間終わってしまう」
「う、うん」
私は、歩き出した山科くんのあとを追った。
* * *
「山科くん、ありがとう」
「いいよ。ちょうど暇だったし」
職員室までノートを持って行ったあと、私は山科くんと並んで廊下を歩いていた。
「山科くんのお陰で助かった。ほんとありがとう」
「白井、マジで感謝してる?」
「そりゃもちろん」
「それじゃあ……さっきのお礼はキスがいいな」
「え!?」
私は思わず、廊下で立ち止まってしまう。
「なーんて、冗談。白井ってすぐ本気にするよな。ほんとお前、からかいがいがあるわ」
「山科くん、ひどい!」
クラスメイトといっても、昨年までは挨拶を交わすくらいで。山科くんとは、特別仲が良いってわけでもなかったのに。
先月末、学校が週一登校になったあたりから、山科くんは私によく絡んでくるようになった。
山科くんは基本優しいけど、突然私にああいう冗談を言ってくるときがあるから困る。
「はは。白井、マジ可愛い」
「そんな思ってもないこと、言わないで」
「俺は……ほんとにそう思ってるんだけどな」
「え?」
「いや、何でもない。からかったお詫びに、これやるよ」
山科くんが、私に個包装のチョコレートをいくつかくれた。
しかもこれ、この前こーちゃんが私にくれたチョコと同じやつだ。
ああ、ダメだ。またこーちゃんのこと、思い出してしまう。
「何があったか知らないけど。それでも食って元気出せ。白井にしょぼくれた顔は似合わねぇよ」
「ありがとう」
私はもらったチョコを、さっそく口へと含む。
「……美味しい」
チョコレートの優しい甘さが口の中いっぱいに広がっていき、自然と口角も上がる。
「だろ? つーか、白井はやっぱり笑顔が一番似合うよ。ほら、もっと食え」
それから山科くんは、学ランのポケットに忍ばせていたというチョコを私に全部くれた。



