こーちゃんにさらっと嬉しいことを言われて、胸がドキッと甘く跳ねる。


「もっ、もう! そんなこと言ってると、婚約者さんに怒られるよ?」
「いいんだよ。俺、環奈には笑ってて欲しいし。それに環奈は、俺の家族みたいなもんだから」


『環奈は、俺の家族』

突然ナイフで刺されたみたいに、胸がズキズキと痛む。
こーちゃんの言葉一つで、いつも私の気持ちはジェットコースターのように急激に上がったり下がったりする。

こーちゃんにとって私は妹のような存在でしかないのだと、改めて思い知らされる。



──カランコロン。


「ごちそうさまでした。また来ます」

こーちゃんはお会計を済ませると、店を出ていく。


こーちゃんが先ほどまで座っていたカウンター席には空になったカップとお皿、そして……。


「うそ。こーちゃん、スマホ忘れてるじゃない」

忘れ物に気づいた私は、慌てて彼のあとを追う。


「こーちゃん!」

完全に陽の落ちた今、街灯の少ない住宅街は薄暗く、時折頬を掠める風は冷たい。


「ねぇ、こーちゃん。待って」
「えっ、環奈!?」

私の声に気づいたこーちゃんが、立ち止まりこちらへと振り返る。


「こーちゃん。店にスマホ忘れてたでしょう」
「あっ、やべ。全然気づかなかった」

こーちゃんは、くしゃくしゃっと頭を搔く。


「はい、どうぞ」
「サンキュ、環奈。あっ、そうだ」

何やら、鞄の中をゴソゴソするこーちゃん。


「環奈。手、出して?」
「手?」

こーちゃんに言われるがまま、私が右手を差し出すと。

「はいっ」

私の手のひらに、こーちゃんがチョコやアメをいくつかのせてくれた。


「環奈、甘いもん好きだろ? 今日生徒から貰ったんだけど、環奈に会ったらあげようと思って。食べずに取っておいたんだ」
「あっ、ありがとう」

わざわざ、私のために貰ったお菓子を食べずに残しておいてくれただなんて。そんなこと言われたら、嬉しくなっちゃうじゃない。


「わざわざ俺のために、悪かったな。環奈、気をつけて帰れよ。それじゃあ」

こーちゃんは私の頭を軽く撫でると、家へと向かって歩きだす。


……こーちゃん。私、やっぱりあなたのことが好きだよ。

結婚なんてしないで。ずっと私だけのこーちゃんでいて欲しい。

なんて。結婚を控える幼なじみにこんなことを思うのは、いけないことなのだろうか。


冷たい風が、ひゅうと吹きつける。

私はこーちゃんの背中が見えなくなるまで、その場に立ちつくしていた。