──あれは、一昨年の五月末。私が、高校二年生のときのこと。
昨日で一学期の中間テストが終わった、清々しい初夏の朝。
「えー。今日から二週間、うちのクラスに教育実習生が来ることになった」
担任の田中先生が朝のホームルームで連れてきたのは、高身長のスーツ姿の男の人。
「紹介する。明桜学院大学から教育実習で来た松浪先生だ。みんなよろしくな」
「えっ」
松浪先生と紹介されたその人を視界に捉えた瞬間、テスト明けでボーッとしていた私の目が一気に覚めた。
うそ……!
「明桜学院大学四年の松浪幸太です」
なんと、うちのクラスに教育実習生としてやって来たのは幼なじみのこーちゃんだったのだ。
「今日から二週間、よろしくお願いします」
吸い込まれてしまいそうな大きな二重の瞳が細められ、形の良い唇が弧を描く。
「えっ! あの教育実習生、超かっこいいんだけど」
「やばい。めちゃめちゃイケメン」
挨拶した松浪先生ことこーちゃんに、教室のいたるところから女子の黄色い声が上がる。
そんな中で私はただ一人、驚きを隠せないでいた。
えっ。どうしてこーちゃんが?
うちの高校に教育実習で来るだなんて、全く知らなかったんだけど。
「松浪せんせーい」
ホームルームが終わると、さっそくクラスの女子たち何人かがこーちゃんを取り囲む。
こーちゃんのスーツ姿、初めて見たけど似合ってるなぁ。つい最近まで明るい茶髪だったのが、黒の短髪に変わっていて。爽やかな印象を受ける。
「あのっ! 松浪先生は、どこに住んでるんですか?」
「松浪先生って、どんな女の子がタイプなんですか?」
「ていうか先生って今、彼女いますか?」
矢継ぎ早に、女子生徒からの質問が飛ぶ。
うわ。こーちゃんったら、さっそく生徒から大人気じゃない。こーちゃんは質問に苦笑いしてるけど、恋人の有無は正直私も気になる。
こーちゃんの返答を、耳をダンボのようにして私が自分の席で待っていると。
「ごめんね。実習と関係ないことは答えられないんだ」
「えーっ」
にっこりと爽やかに微笑むと、不満そうな表情の女子生徒たちを置いてこーちゃんはさっさと教室を出て行く。
「待って、こーちゃん!」
「あっ、環奈」
私が教室を飛び出してこーちゃんを追いかけると、こーちゃんは足を止め振り向いてくれた。
「こーちゃんが教育実習で高校に来るなんて、聞いてないんだけど」
「そりゃそうだろ。環奈には話してなかったんだから」
こーちゃんの口角が上がる。
「……それで? 環奈、驚いた?」
「それは、もちろん」
「そっか。それじゃあ……」
『環奈へのサプライズ、成功だな』って。
あのときもこーちゃんは、私にそう言ってイタズラが成功した子どもみたいに笑ったんだ。