「こっ、こーちゃん」

やって来たのは、幼なじみの松浪幸太だった。


「おっ、環奈じゃん。今日も店手伝ってんの?」
「うっ、うん」


私は、中学生の時から放課後や学校が休みの週末にこの店を手伝っている。
この店の正式なアルバイトスタッフとして賃金をもらうようになったのは、高校生になってからだが。


私は現在、店では主に接客を任されている。
お客様のオーダーを取ったり、掃除をしたり。

「そっか。いつも偉いな、環奈は」

まるで小さな子どもを褒めるみたいな言い草で、こーちゃんは私の頭をぽんぽんと撫でた。

ネクタイをゆるめながら歩を進め、こーちゃんはいつもの席へと座る。
カウンターの左端の席。そこが、こーちゃんの指定席だ。


「おばさん、ブレンドとシフォンケーキをひとつ」
「はい。幸太くん、いつもありがとうね」

お水とおしぼりを持ってきた母が、こーちゃんにふわっと微笑む。


「いえ。ここに来ると、なんか落ち着くんですよね。コーヒーは美味いし、仕事も捗るし」

そう言ってこーちゃんはノートパソコンを開き、カチカチと文字を打ち始める。

あ。リラックスした表情から、一瞬で仕事の顔つきに変わった。カウンター越しに見える彼の真剣な顔に、思わず見とれてしまう。


「こーちゃん。それ、テストの問題作り?」
「ああ。明後日、生徒に抜き打ちでテストするから」
「抜き打ちでテスト……か。大変だねぇ。“ 松浪先生 ” も」
「ちょっ。環奈に先生とか言われると、身体がむず痒くなるからやめてくれ」

現在二十三歳。社会人一年目のこーちゃんの職業は、高校の数学教師だ。



こーちゃんと私は、家が近所の幼なじみ。

私が生まれたとき、こーちゃんは五歳で。
兄弟のいないこーちゃんは、私を本当の妹のように可愛がってくれた。

幼い頃からいつも私の隣には、こーちゃんがいてくれたからだろうか。物心ついた時から私は、こーちゃんのことが好きだった。


こーちゃんと二人でコンビニに行って、私がお菓子二種類で迷っていたらその片方を選んでくれて。
『環奈、はんぶんこ』と言って、いつも分けてくれるような子だった。

ウチの喫茶店がオープンして間もない頃は店になかなかお客さんが来てくれず、『お前んちの店、いつもガラガラ』『貧乏女ー!』などと、私は小学校の同級生男子たちにからかわれることが多かった。

そんな私のことを、こーちゃんがいつも守ってくれた。


ウチの喫茶店がオープンしてからは、店の奥の席でよく一緒に学校の宿題をし、こーちゃんに勉強を教えてもらったりもした。

こーちゃんは小学生の頃から勉強、特に算数が得意で人に教えるのがとても上手だった。
だから、今の教師の仕事はこーちゃんの適職だと思う。


それにしても、五歳という年齢差は意外と大きい。

私が小学校に入学する頃、こーちゃんは小学六年生で。同じ小学校に通ったのは、たったの一年だけ。

私が中学校を卒業する頃には、こーちゃんはすでにお酒が飲める年齢になっていた。

いつもこーちゃんは私のずっと先を歩いていて、五歳の年齢差が縮まることはなかった。

早く大人になりたくて。こーちゃんの恋愛対象になりたくて。
メイクを頑張ってみたり。“ 大人の女性 ” について、研究してみたり。

こーちゃんに妹ではなく一人の女として見て欲しくて、私なりに努力してきた。

そして先日十八歳になり、お酒はまだ飲めないけれど私もついに成人という年齢になった。

ようやく私もこーちゃんと同じ、大人になれたというのに。これで、こーちゃんに近づけたと思った矢先……。

「結婚、ですか……」