初恋からの卒業



「ありがとう、山科くん。私……」
「うん、分かってる。他に好きな男がいるんだろ? だったら俺のことは、潔く振ってくれ」

山科くんが、私から顔を逸らす。


「ああ、でも。振られるのはやっぱり怖いな」

山科くんはギュッと目を閉じ、両手で自分の耳を塞いでいる。

私はそんな山科くんの腕を優しく掴み、その大きな手のひらを彼の耳からそっと離す。


「ねぇ、山科くん。こっち向いて?」
「え?」

私と山科くんの目が合う。
山科くんって、ほんとに綺麗な目をしている。

「私、こーちゃんからは……初恋からはもう卒業したから」

過去にとらわれず、これからはしっかりと前を向いていきたい。だから……。


「山科くん。私のことを好きになってくれてありがとう。私も、これから少しずつ山科くんのことを知っていきたいって思う」
「白井。それって」
「うん。まずは、友達からでもいいかな?」
「ま、まじで!? もちろん!」

さっきまでの不安そうな顔とは打って変わって笑顔になった山科くんに、私も自然と笑顔になる。


今まで私の中での異性は、こーちゃんだけだった。
多分、周りが見えていなかったのだと思う。

これからはもっと、周りの人のことを見ていきたい。
家族や幼なじみ以外で自分のことをちゃんと見てくれている人のことも、これからは大切にしていきたい。


「ねぇ、山科くん。良かったら、今日一緒に帰らない?」
「うん、帰ろう」


山科くんと私は教室を出て、二人並んで昇降口へと向かって歩き出す。
この廊下を歩くのも今日で最後だと思うと、名残惜しい。


山科くんと廊下を歩いていると、制服のポケットの中のスマホが振動し私は立ち止まる。

……あ。

スマホを見ると、こーちゃんからメッセージが届いていた。


【環奈。高校卒業おめでとう!】


こーちゃん。結婚式前なのに、わざわざメッセージ送ってくれたんだ。別に良かったのに。
こんなときまで、こーちゃんらしいな。


私は、廊下の窓の外に目をやる。

こーちゃんの結婚式も、もうすぐ始まる頃だろうか。こーちゃんのタキシード姿、きっとかっこいいだろうな。


今日は私とこーちゃん、二人にとって大切な門出の日。


「こーちゃん。改めて、結婚おめでとう」


ポツリと一人呟くと、ヒュウッと風が吹き窓のそばの桜の木が静かに揺れる。

「あっ」

桜の蕾がほんの少し膨らんでいるのが見え、私は微笑む。
風はまだ少し冷たくとも、春は確実にもうすぐそこまで来ている。


「白井ーっ! 何やってんだよ。早く来ないと、置いてくぞー」
「待って。今行く!」

私は笑顔で、山科くんの元へと駆け出した。


【完】