*
「うわっ、ここじゃなかったぁー!」
「それさっき私が引いたやつだけど……」
「嘘っ!?なんで言ってくれなかったの!?」
「いやいや、言ったら勝負になんないから」
神経衰弱にて、中々トランプを揃えることができない花蓮先輩は悪党苦戦中。そんな彼女を呆れの目で慰めているのは、花蓮先輩と同じく3年の水穂先輩。
「ふふっ。意外と花蓮先輩って記憶するのが苦手なんですね」
「うぅーっ、図星で言い返せない……。後輩にこんなところ見せるなんて恥ずかしすぎでしょ」
花蓮先輩は項垂れる。言う間もなく、この2人の先輩もあっちの世界で居心地が悪いためにこの世界へやって来たらしい。
どちらも気さくで優しい人で、数分前に出会ったばかりというのが嘘みたいに思えてくる。
「それじゃあ次は実咲のターンかな」
「はい!」
私は迷う暇もなく、予め覚えていたカード2枚を捲る。一瞬にして同じ数字を引き当てた私を見て、花蓮先輩は目を見開いた。
「ちょちょ、なんでそんな簡単に引き当てられるの!?」
「もちろん、覚えていたからですよ。私、人よりも少しだけ記憶力が良いみたいで」
「うわー何それ。世の中理不尽だ」
ごろん、と先輩は床に寝っ転がった。自由気ままな先輩とは裏腹に、私は理不尽、という言葉に体が反応する。
「あの、花蓮先輩……」
「うん、どうしたの?」
「先輩は……なんでこっちに来たんですか?」
「……なんで、だろうねぇ」
花蓮先輩は仰向けのまま頭の後ろで手を組む。彼女の瞳は真っ直ぐと天井を見つめていた。まるで、かつて見た景色を思い出すように。
気がつけば、瑞穂先輩も祐也も、誰もが黙り込んでいた。私を咎めることも、花蓮先輩を止めることもせず、ただ床に視線を送っている。
「……私さ、友達付き合いが苦手なんだ」
「えっ……そうなんですか?」
「うん、そうなんだよね。私、誰かと話すことに疲れちゃうんだ。どうしても相手に気を遣うし、相手の顔色を伺っちゃう。ずっと長く一緒話にいるか、本当に気が合う人じゃないと気さくに会話することができないの」
はぁー、と先輩はため息をついた。おそらく、彼女が言っていることは事実で、本当に疲れるのだろう。だが、先程の様子を見るからにしては、どうしてもあり得ない。
「特に集団で動くとかほんとにムリ。合う人合わない人をごちゃ混ぜにして一緒に行動できるわけないのにさ」
「私も集団は苦手です……」
「だよね。あんな所いたら息が詰まるよ」
「共感します……」
「実咲も同じなんだね。……それで、なんで?」
「えっ……?」
「なんで、そんなこと訊いてきたの?」
花蓮先輩は弱々しい笑みを浮かべて顔を私の方に向けた。何処か悲しそうな瞳に捉えられて、私はそっと息を吸う。
「その、さっき神経衰弱をしていた姿を見ていて……すごく優しくて明るい先輩だなって思ったんです。だから……その、どうしてここにいるんだろうって、不思議に思って……」
「そっか。それは嬉しいな」
よっ、と先輩は腹筋を使って上半身を起こす。
「それはね、瑞穂のお陰だよ」
「えっ…私……?」
突然名前を言われた瑞穂先輩は戸惑いの表情を浮かべた。見方を変えれば照れているようにも思える、そんな表情を。
「瑞穂はね、小学校の頃から私とずっと一緒にいてくれたんだ」
「小学校……!すごく長い付き合いなんですね」
「そっ。最初はお互いに合わないなーって思ってたんだけど、やっぱ一緒にいるとお互いのことが分かってくるじゃん。今となっては、お互いになんでも知ってるし。ね?」
「そうだね。今じゃ良いけど、昔は大変だったよ。花蓮はいつも騒いでたし、あり得ない行動をしたし……。名前と性格がかけ離れてた」
「む、最後の一言は余計」
「だって事実だし」
「うぐっ……」
花蓮先輩は悔しそうに口を噤む。瑞穂先輩は、大変だとか言いながら表情では笑っていた。きっと、親友、という言葉はこの2人のためにあるんだろうな。
「まぁ、こんな瑞穂だけどさ。意外と可愛いところもあるしね。この間だって猫を見た時は……」
「ああー!ストップストップ!私のことなんていいからっ!」
「えー、でもそれじゃあなんかずるいし」
今度は花蓮先輩が意地の悪い笑みを浮かべる番。反対に瑞穂先輩は顔を赤くしていた。クールな感じだっただけに、ーー後輩の私が言うのもなんだがーーあからさまな照れが可愛い。
「あっはは!……はぁ」
笑い疲れた2人は力を抜いて座り込んだ。
「あー、こんなに笑ったの久しぶり」
「ほんと、花蓮というと休む暇がないから……」
そう言い合う2人は、すごく幸せそうに見えた。それが、なんだか羨ましい。
「……良かったかもね」
「ん?」
「もしかしたらさ、こっちの世界に来なくても良かったかもね」
「どうして?」
「だってさ」
花蓮先輩はニカッと満面の笑みを浮かべた。
「瑞穂と一緒なら、どこへ行ったって大丈夫だって思えるから」
「えっ……」
「私、瑞穂と一緒なら怖いものなしって感じがするもん」
「なっ、何それ……」
瑞穂先輩はプイとそっぽを向く。僅かに見える放課後は、林檎みたいに真っ赤だった。恥ずかしい、と言うよりかは相当照れているのだろう。
「ははっ、瑞穂真っ赤だ」
「笑うな!」
掛け合いを続ける2人の先輩は、なんだかとても、楽しそうだった。しかし、私の意識は、先程花蓮先輩が言った言葉に向く。
こっちの世界に来なくても良かった。
もしかしたらこの世界には、別にこっちに来なくとも幸せな生活を送れる人がいたのかもしれない。
こっちの世界に来て、果たしてみんな、幸せなのだろうか。
「うわっ、ここじゃなかったぁー!」
「それさっき私が引いたやつだけど……」
「嘘っ!?なんで言ってくれなかったの!?」
「いやいや、言ったら勝負になんないから」
神経衰弱にて、中々トランプを揃えることができない花蓮先輩は悪党苦戦中。そんな彼女を呆れの目で慰めているのは、花蓮先輩と同じく3年の水穂先輩。
「ふふっ。意外と花蓮先輩って記憶するのが苦手なんですね」
「うぅーっ、図星で言い返せない……。後輩にこんなところ見せるなんて恥ずかしすぎでしょ」
花蓮先輩は項垂れる。言う間もなく、この2人の先輩もあっちの世界で居心地が悪いためにこの世界へやって来たらしい。
どちらも気さくで優しい人で、数分前に出会ったばかりというのが嘘みたいに思えてくる。
「それじゃあ次は実咲のターンかな」
「はい!」
私は迷う暇もなく、予め覚えていたカード2枚を捲る。一瞬にして同じ数字を引き当てた私を見て、花蓮先輩は目を見開いた。
「ちょちょ、なんでそんな簡単に引き当てられるの!?」
「もちろん、覚えていたからですよ。私、人よりも少しだけ記憶力が良いみたいで」
「うわー何それ。世の中理不尽だ」
ごろん、と先輩は床に寝っ転がった。自由気ままな先輩とは裏腹に、私は理不尽、という言葉に体が反応する。
「あの、花蓮先輩……」
「うん、どうしたの?」
「先輩は……なんでこっちに来たんですか?」
「……なんで、だろうねぇ」
花蓮先輩は仰向けのまま頭の後ろで手を組む。彼女の瞳は真っ直ぐと天井を見つめていた。まるで、かつて見た景色を思い出すように。
気がつけば、瑞穂先輩も祐也も、誰もが黙り込んでいた。私を咎めることも、花蓮先輩を止めることもせず、ただ床に視線を送っている。
「……私さ、友達付き合いが苦手なんだ」
「えっ……そうなんですか?」
「うん、そうなんだよね。私、誰かと話すことに疲れちゃうんだ。どうしても相手に気を遣うし、相手の顔色を伺っちゃう。ずっと長く一緒話にいるか、本当に気が合う人じゃないと気さくに会話することができないの」
はぁー、と先輩はため息をついた。おそらく、彼女が言っていることは事実で、本当に疲れるのだろう。だが、先程の様子を見るからにしては、どうしてもあり得ない。
「特に集団で動くとかほんとにムリ。合う人合わない人をごちゃ混ぜにして一緒に行動できるわけないのにさ」
「私も集団は苦手です……」
「だよね。あんな所いたら息が詰まるよ」
「共感します……」
「実咲も同じなんだね。……それで、なんで?」
「えっ……?」
「なんで、そんなこと訊いてきたの?」
花蓮先輩は弱々しい笑みを浮かべて顔を私の方に向けた。何処か悲しそうな瞳に捉えられて、私はそっと息を吸う。
「その、さっき神経衰弱をしていた姿を見ていて……すごく優しくて明るい先輩だなって思ったんです。だから……その、どうしてここにいるんだろうって、不思議に思って……」
「そっか。それは嬉しいな」
よっ、と先輩は腹筋を使って上半身を起こす。
「それはね、瑞穂のお陰だよ」
「えっ…私……?」
突然名前を言われた瑞穂先輩は戸惑いの表情を浮かべた。見方を変えれば照れているようにも思える、そんな表情を。
「瑞穂はね、小学校の頃から私とずっと一緒にいてくれたんだ」
「小学校……!すごく長い付き合いなんですね」
「そっ。最初はお互いに合わないなーって思ってたんだけど、やっぱ一緒にいるとお互いのことが分かってくるじゃん。今となっては、お互いになんでも知ってるし。ね?」
「そうだね。今じゃ良いけど、昔は大変だったよ。花蓮はいつも騒いでたし、あり得ない行動をしたし……。名前と性格がかけ離れてた」
「む、最後の一言は余計」
「だって事実だし」
「うぐっ……」
花蓮先輩は悔しそうに口を噤む。瑞穂先輩は、大変だとか言いながら表情では笑っていた。きっと、親友、という言葉はこの2人のためにあるんだろうな。
「まぁ、こんな瑞穂だけどさ。意外と可愛いところもあるしね。この間だって猫を見た時は……」
「ああー!ストップストップ!私のことなんていいからっ!」
「えー、でもそれじゃあなんかずるいし」
今度は花蓮先輩が意地の悪い笑みを浮かべる番。反対に瑞穂先輩は顔を赤くしていた。クールな感じだっただけに、ーー後輩の私が言うのもなんだがーーあからさまな照れが可愛い。
「あっはは!……はぁ」
笑い疲れた2人は力を抜いて座り込んだ。
「あー、こんなに笑ったの久しぶり」
「ほんと、花蓮というと休む暇がないから……」
そう言い合う2人は、すごく幸せそうに見えた。それが、なんだか羨ましい。
「……良かったかもね」
「ん?」
「もしかしたらさ、こっちの世界に来なくても良かったかもね」
「どうして?」
「だってさ」
花蓮先輩はニカッと満面の笑みを浮かべた。
「瑞穂と一緒なら、どこへ行ったって大丈夫だって思えるから」
「えっ……」
「私、瑞穂と一緒なら怖いものなしって感じがするもん」
「なっ、何それ……」
瑞穂先輩はプイとそっぽを向く。僅かに見える放課後は、林檎みたいに真っ赤だった。恥ずかしい、と言うよりかは相当照れているのだろう。
「ははっ、瑞穂真っ赤だ」
「笑うな!」
掛け合いを続ける2人の先輩は、なんだかとても、楽しそうだった。しかし、私の意識は、先程花蓮先輩が言った言葉に向く。
こっちの世界に来なくても良かった。
もしかしたらこの世界には、別にこっちに来なくとも幸せな生活を送れる人がいたのかもしれない。
こっちの世界に来て、果たしてみんな、幸せなのだろうか。