いつからだろう。こんな扱いを受けるようになったのは。
少なくとも、中学に入って半年経った頃には、すでに今と同じような空気が流れていた気がする。
原因は不明。きっと、これといった具体的なものはないんだろうけど。
強いて言うなら、私が一軍と呼ばれる女子にとって気に食わない行動を取ったから、だと思う。
入学早々、彼女達に指示をしてしまったから。とは言っても、私にとっては単なる注意だった。ただ、自習の時間に騒ぎ立てるのを辞めて欲しいと口にしただけ。
先生がいないのを良いことにクラス内でお喋りを飛び交わしていた彼女達が騒がしくて、でも最初は我慢していた。きっと、いつかは収まるだろうと勝手に信じ込んでいた。けれど、いつまで経っても彼女達のお喋りは止まず、勉強に集中出来なくなった私はとうとう席を立ち、彼女達の前に行って、そして言った。
勉強の妨げになるから、静かにしてもらえないかな、と。
命令したわけでもない。怒っていたわけでもない。言葉を選んで、柔らかく優しく言ったつもりだった。少なくとも、私の中では。
しかし、彼女達は表情を硬直させたかと思うと、次の瞬間には怒りの色を露わにした。えっ、と私が目を見開くのと、彼女達の誰かが舌打ちするのは同時だった。
何あんた、偉そうに。そう、一軍女子の一人が言った。一瞬、自分に言われていると気づかなかった。彼女達のもう一人は立ち上がり、私に詰め寄った。そして、その顔には似つかわしくない仕草で胸ぐらを掴んで、もの凄い形相で睨んだ。何様だよ、と。恐怖で声も出なかった私は、金魚のように口をパクパクと動かすことしかできなかった。そんな私を嘲笑うように彼女は嗤って、後ろに突き飛ばした。
ドンっと尻餅をついた私を、彼女達は笑った。それだけじゃない。クラスの大半の子も笑っていた。あからさまに口を開けている子、くすくすと影で笑う子、笑いを堪えきれない子、と様々。
目の前に広がる光景が信じ難かった。まるで、クラスメートの姿をした別の生き物を見ているみたいだった。みんなの笑い声を聞いているうちに、みんなの姿がだんだん遠ざかって、暗い穴のどん底に落ちていく気分だった。
目頭が熱くなって、訳が分からない涙が込み上げてくる。胸がギュッと苦しくなって、締め付けられているような気がした。
自分の前にいるみんなは、自分が知るみんなじゃない。そう信じ込むしかなかった。でないと、心が壊れてしまいそうだった。
また一軍女子が私に歩み寄ろうとした時、丁度扉が開いて先生が入ってきた。床に座り込む私と、それを見下ろすクラスメート達を交互に見て、それからどうした、と尋ねた。
私が口を開くより先に、彼女達は言った。この子が酷いことを言ってきたんです、と。出まかせの嘘に、私はもう驚かなかった。驚いたのは、先生が彼女達の方を信じたことだった。それも、私の話なんて一切聞かずに。
あの時の一軍女子達の、先生の目を盗んで見せつけた勝ち誇ったような笑みは忘れられない。
多分、その次の日あたりからだった。私が、クラスメート全員に無視されるようになったのは。
教室に入った瞬間から、空気が違う、と感じた。私が扉を開けると、一斉にクラスメートが私に注目して、何が面白いのか笑みを浮かべた。しかしそれも一瞬で、瞬きが数回終わる頃には、みんな視線を元に戻した。
なんだったのだろう、とその時は気にせずにいたが、自分の先にやって来て、ようやく理解した。
私の席には一軍女子の一人がなんの遠慮もなく座っていて、その周りも彼女達が取り囲んでいた。
私が来てもなお避けようとはしなくて、勇気を振り絞って声を出した。そこ、私の席だから、どいてもらいたい、と。
だが、彼女達はチラリと私を笑いながら見るだけで、またお喋りに戻る。
「そう言えばさ、この席の子、どうなったんだろーねー?」
「……っ!?」
一人の女子がわざとらしく張り上げた声で言ったことに、私は目を見開く。自分の耳を疑ったが、彼女達の表情から見るに、意志を持って言ったのだろう。
「それな!なーんか全然見ないし」
「もしかしたら、消えちゃったのかも。ほら、この学校の七不思議の一つにある……」
「やだー!私オカルト系無理なんだけど」
まるで、昨日見たテレビ番組の話をするみたいに。まるで、面白い本の内容を語り合うみたいに。
そっか、と気づいてしまった。
私は、もう、みんなの中に、いないんだ。