朝、淡い金糸雀色の光が差し込む教室。その空間も世界もまだ、眠りから目覚めたばかり。
「おはよう、紗江」
「あ、愛海だ。おはよー」
クラスメートの女子達は、視線を合わせると挨拶を交わす。日常にある、当たり前のこと。彼女達の間だけでは、の話だが。
「今日は体育あるね。やったー」
「紗江は運動好きだもんね。見た目は文化部っぽいのにほんと意外」
「最後の一言は余計だって」
他愛のない会話で、二人は盛り上がっている。笑顔の花咲くその空間と、私がいる空間はまるで違かった。
話を一区切りすると、紗江と呼ばれた女子は愛海に手を振って私の隣の通路を通り掛かる。ふわりと鼻腔をくすぐる、微かな甘い香りと、頬を掠める微量の空気に、私は意味もなく顔を上げてしまった。
一瞬、目が合った。
何気なく顔を上げた私と、偶然斜め下を眺めていた紗江の、目が。
私は息を呑み、即座に呼吸を止めた。気休めだけど、少しでも自分を守っていると錯覚できるように。バッと俯いた耳に、不愉快そうな声が届く。
「こっち向くなよ、キモい」
すごく小さな声だった。多分、風さえ吹けば蹴散らされてしまうほどの。
でも、私にはしっかりと聞こえた。表情を見なくても分かる彼女の顔に、心臓が縮み上がる。
しかし、紗江はその後、私に何かをすることなく席についた。言いようのない圧が消え、ふーっと息を吐く。
彼女はーー紗江は何もしてこないのではない。何も出来ない。いや、何かをする必要はないのだ。
だって、私はいない存在だから。
*
「おはよう、紗江」
「あ、愛海だ。おはよー」
クラスメートの女子達は、視線を合わせると挨拶を交わす。日常にある、当たり前のこと。彼女達の間だけでは、の話だが。
「今日は体育あるね。やったー」
「紗江は運動好きだもんね。見た目は文化部っぽいのにほんと意外」
「最後の一言は余計だって」
他愛のない会話で、二人は盛り上がっている。笑顔の花咲くその空間と、私がいる空間はまるで違かった。
話を一区切りすると、紗江と呼ばれた女子は愛海に手を振って私の隣の通路を通り掛かる。ふわりと鼻腔をくすぐる、微かな甘い香りと、頬を掠める微量の空気に、私は意味もなく顔を上げてしまった。
一瞬、目が合った。
何気なく顔を上げた私と、偶然斜め下を眺めていた紗江の、目が。
私は息を呑み、即座に呼吸を止めた。気休めだけど、少しでも自分を守っていると錯覚できるように。バッと俯いた耳に、不愉快そうな声が届く。
「こっち向くなよ、キモい」
すごく小さな声だった。多分、風さえ吹けば蹴散らされてしまうほどの。
でも、私にはしっかりと聞こえた。表情を見なくても分かる彼女の顔に、心臓が縮み上がる。
しかし、紗江はその後、私に何かをすることなく席についた。言いようのない圧が消え、ふーっと息を吐く。
彼女はーー紗江は何もしてこないのではない。何も出来ない。いや、何かをする必要はないのだ。
だって、私はいない存在だから。
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