「最初は、自分で言うのもなんですが、頑張ってたんです。進学した高校は自分が入れるかどうか怪しかった所で、なんとか入れたんですが、そこから先は追いつくよう、追い抜かされぬように必死でした。『みんなやってる』そう言ってしまえばおしまいなんですが」



「いいや、偉いよ。頑張れるのも才能だ」



「なら、それは随分と安売りされた才能ですね」



「そうシニカルにならないの」



「はい。…でも、明確な目的が、僕にはなかった。他の人と唯一違う点。それは『ゴールが無かった』ことです」



「…」









「最初は時間が経てば、いろんな物に触れれば勝手にできるもんだって、そう思ってたんです。だから、もしゴールを見つけた時に、できるだけ苦労しないようにって頭良い学校に行ったんです。でも、一向に、受験期になっても、それは僕の前に現れなかった」



「…辛いね。言うなればそれは『ゴールがないマラソン』だ」



「はは、的を射てますね。実際、毎日が、すごい辛かったんです。他のみんなは自分の夢を語って、未来を

想像して、輝いてるように見えた。僕には、それが出来なかった。友人がいなかったわけじゃないから、僕

にもそんなことを聞いてくる人がいました。その問いに嘘で答える僕にも、心底呆れてました。今はもう、

わかります。それも『怖かった』んです。自分がみんなと違う、そして置いてかれてるって思うことが。そ

の事実を認めることが嫌だったんです」





月矢さんは頷きながら真剣に話を聞いていた。決して急かさず、僕に合わせたペースで。きっとこんなことを何回も経験してる。そう思わせるくらいに話しやすかった。





「それでも、僕には頼れる人がいました」



「お、良かったじゃん。誰なの?」



「幼稚園の頃からの幼馴染です。同い年の男で、あいつは僕よりも勉強ができてなかったんです」



「わあ辛辣」



「中学校まで一緒で、よく遊んだり、勉強教えてたりしてたんです。あいつは元々僕が行こうと思っていた

高校に行きました。僕が行っていた高校よりも、少しレベルが低い。でも、それでもよく遊んでたんです」



「仲良かったんだね」



「でも、だんだん向こうと都合が合わなくなって、会う機会も減りました」



「やっぱり学校違うとそうなるよね…」









「それで、高二の冬から会ってなかったんですが、高三の秋に遊ぶことになったんです。そこで向こうでの生活とか勉強、部活とか、とにかく色々な話を聞いたんです。…遊んでばっかでした。それで、僕にこう言ったんです。『大学は行かない』って。理由聞いたら『今やってるバンドが楽しくて、みんなでデビューするって決めたから』なんて言ったんです。それで勉強もろくにしてなくて留年ギリギリだったらしいんですけど」



「わお、愉快な子だね」



「その時は多少反対したんですけど結局は『頑張れ』って言って別れました。それからしばらく、連絡は取

りませんでした。僕は勉強、あいつはバンドでお互いに忙しかったので」



「そうか。ちょっと残念だね」



「それで、そうこうしてるうちに、受験シーズンになったんです」









「依然として僕は、目指すものが無いまま勉強してました。周りからも結構期待されてて、特に母は僕のために結構色々してくれてたんです。…でも」



「でも?」



「僕、受験、失敗したんです」



「……」



「受験間近になってもろくにやる気が無くて、それでも進まなきゃだめだと思ってやってたんですけど、結

局、二次試験でもだめで、受からなかったんです」



「…辛かったよね」



「いいえ。それよりも本当に、みんなに、申し訳ないと思いました。期待を裏切ったこと、みんなの協力を

無駄にしたこと、そして、自分みたいな屑が必死でやってきた人と対等にやっていけると思っていたこと」



「いや、それは…!」



「いいえ、合ってます。」





きっと『違う』、そう月矢さんは言いたかったんだろう。でも、本当のことだ。僕は彼らと、努力してきた人と、同列の位置にいない。





「結果が出て少し後、あいつ(・・・)から連絡が来たんです。なんて言ったと思います?『レーベルに所属した』。そう言ったんです。あいつ、夢叶えた(・・・・)んですよ」





ああ、やっぱり悔しいなぁ。





「すっごい嬉しそうで、曲も出したらしくて、本当に楽しそうだったんです。それ聞いた時、ちゃんと『おめでとう』って言いました。でも、やっぱりどこかで『なんで』って思ったんです。『自分のほうが頑張った』、『辛かった』、『苦しんだ』って、そう思ってしまったんです」



「……」



「その後、あいつの作った曲聞いたんです。『夢は叶う』、『前を向け』なんて吐き気がするほど希望に満ちた、そんな歌だったんです。…余計に自分が惨めに感じました。まず叶うはずの夢すら持ち合わせてなかった、そんな人間だって事実だけがそこにあったんです。でも、それだけじゃない。『上手くいかないこともある』、『苦しい』なんて歌ってたんです、なんでお前が、そんな歌を歌うんだ』って。『自分もあいつと一緒に居れたなら、きっと一緒に夢を追っていた』、そんなことも思いました」



「でも、みんなそうなるよ。君だけが特別じゃない」





ああ、苦しい。月矢さんは僕を気遣ってくれている。でも、そんな資格、僕にはない。優しくされて良い人間じゃない。





「じゃあ、普通、その後人は どう思い(・・・・)どう行動する(・・・・・・)と思いますか?」



「…悔しいって思ってもう一度頑張ろうって努力するか、もう辛いから諦める…かな」



やっと楽になった(・・・・・・・・)



「…え?」



「そう思ったんです」



「……」



「『もう置いていかれることはない、期待もされない、今までの努力が水の泡になったし、これからの努力も意味をなさない、なら止めてしまおう。』そう思ったんです。肩の荷物が全部下りて、苦しくなくなったんです。開放されたって思ったんです。それで、もう何もかも止めたんです。…でもそれだけじゃ終わらなかった。」









「そうして無益な生活を送っているうちに、罪悪感とか焦りを感じるようになったんです。『楽になった』そう思ったのに、何も成さない生活の中で、『まだ期待されてるんじゃないか』、『ここで腐ったらもう追いつけなくなる』、『まだ間に合う』、そう思ったんです。目標が無いから進めない、進めないから追いつけない、追いつけないから努力する、でも目標が無いから足が止まる。また走り出したところで同じになるだけなのに、それを許さない自分がいたんです」





言っていて辛い。自分は屑で救いようのない奴、認めたくないそんな事実が重くのしかかる。いつからか涙はずっと流れたままだ。でも、ここで嘘を言ったら意味がない。





「それでも、何も変わらなかった。動けなかったじゃない、動かなかった(・・・・・・)。停滞を、諦観を願ったんです。また今までのように努力することの辛さと、矛盾を抱えていきることを天秤にかけて、自分が怠惰に生きることを選んだんです。だから僕は月矢さんにこういったんです。『自業自得』だって」



「……」



「僕は優しくない。ただ自分のせいだって分かってるくせに、その失敗を取り返そうとせず、苦しみから逃げおおせたふりをして、その実まったく今までと変わらないような辛さを抱えながら、怠惰にのうのうと命を消費している、そんな人間です」





やっぱり、月矢さんを信じて良かった。やっと気づけた。どこからあの気持ちが湧いてきたのか。そして、自分の生に救いは無いことに。笑うしか無い。どうしようもない人間だ。







ああ、結局何をしたかったんだろうな、僕は。







「…こんなもんですかね。これが、きっと、今の僕のすべてです。本当に…ありがとうございます。少し、楽になりました。きっと一人じゃ気づかなかった。自分がどんな人間で、もう、どうしようも、ないことなんて…!」





いや、きっとこれは気づいていた、自分がどんなに屑か、だめな人間か。でも、本当に自分のせいだったの?





「なんで…なんでこうなったの?ただ、何もしたくなかっただけなのに、あんなにがんばったのに、何も、何も良くならなかった…!どこで間違ったの?自分のせいなのに、でも、自分のせいなの?みんな、みんなそうじゃん!辛いのも苦しいのも、嫌なのに…!なんでみんながんばれるの?苦しいのはみんな同じじゃん!あ、そうか、したいことがあるからか、あはははは!もう、だめだなぁ、やっぱり人のせいじゃん!結局自分勝手じゃん!自分がたのしけりゃいいんじゃん!だれにも優しくないじゃん!優しさなんてどこにあるの?なんで、なんで、なんでぇ…!」







「ごめんね…!」







気づけば月矢さんが僕を抱き寄せていた。月矢さんの大粒の涙が僕の頬に落ちた。





「こんなに辛いこと、思い出させてごめんね…!一人で抱えてる君が一番強いのに、『弱い』なんて言って、それなのに、きっと君を助けられるなんて思って…!誰にも、どうしようもできない、そんな苦しいことを、たった一人で抱えてるなんて、思わなかった…!辛かったよね、苦しかったよね…!」



「なんで月矢さんが泣いてるんですか…!」



「だって、君が本当に優しいんだもん!優しすぎるんだもん!こんなに辛いこと、どうしようもないことをなんとかしようと頑張るなんて、しかも一人で!」



「逃げてるだけです!」



「違う!それは逃げじゃない!ただ逃げるのと動けなくなるのは違うの!君の行動は、どうしようもなく

て、でも助かれなくて、逃げられなくて、でも見つめることも出来なくて、最後にあがこうとして手を伸ばして、それでもだめで動けなくなった人のそれだよ!動かないんじゃない、君は強い…強いんだよ!」



「でも、僕は、僕は…!」





どれだけ涙を流したかわからない。何を言ったかすらわからない。でも、今感じてるこの体温、優しさだけは、確かにそこにあった。