颯くんは桜の木で生き続ける。
その話をした矢先だった。消灯時間がとうに過ぎた深夜。 
誰かが走ってくる足音が聞こえてきて、勢いよく病室のドアが開いた。
颯くんのお母さんだった。
颯くんのお母さんが泣きそうな顔で

「颯が.....!!」

そう叫ぶ。
私は目の前が暗くなった気がした。
さっき颯くんの容態が急変し、お医者さんに、夜を越せるかどうかと言われたらしい。急いで病院に来て、颯くんのお父さんは先に颯くんの病室に、お母さんはわざわざ私を呼びに来てくれた。
颯くんのお母さんについて行って、颯くんの病室に向かう。そこには颯くんのお父さんとお医者さんがいた。カーテンが締め切られ、暗い部屋のベッドで颯くんは寝ていた。

「颯くん!!」

私は倒れ込むようにしてベッドの側に行く。颯くんの体から枝が伸びていて、蕾がいくつもあった。
颯くんはうっすらと目を開けて、私のことを見て微笑む。

「四葉....来て..くれたんだ。嬉しいよ...」

颯くんが私の手を掴む。私は耐えきれず涙を流す。

「颯くん....!嫌だよ....もっといろんなお話をしたい。まだまだ話したいこと、いっぱいあるんだよ...!」

ボロボロと涙を流しながらそう叫ぶ。

覚悟なんて出来ていなかった。ずっと、触れないようにしていただけ。颯くんにはそんな姿見せたくなくて、病室でこっそり泣いていた。

嫌だ、颯くんにいなくなってほしくない....!

颯くんは困ったように笑いながら

「僕も...四葉とたくさん.....話たいこと....あったんだ。
でも、間に合わなかった...ごめんね」

そう言った。それから、お母さんとお父さんの方を見て

「母さん、父さん....今まで育ててくれてありがとう。こんな早くに死ぬ.....親不孝者でごめんね.....僕が勝手に離れたのに、会いたいって言ったとき....すぐ来てくれて嬉しかった....本当にありがとう」

2人は泣きながら、しきりに
はやて、はやてと名前を呼んでいる。
枝から伸びた蕾はだんだんと膨らんでいって、いまにも花が咲き出しそうだ。

ああ、この花が咲いてしまったら、颯くんは死んじゃうんだ。

「四葉.....そんな顔しないで。退院したら.....僕の桜の木に来てね。その時は学校に行って.....友達も.....たくさん出来ているのかな......?桜の木で話してくれるの......楽しみにしてる」

うん、うんと私は頷く。
颯くんの手を握りながら、泣き続けたままだ。
すると颯くんはこの上なく優しい笑みを浮かべて

「四葉....笑って....!僕は四葉に.....笑顔で見送ってもらいたい...」

颯くんにそう言われて、私は必死で笑顔を作る。

涙でぐちゃぐちゃな顔だけど、颯くんがそう望むように、私も笑顔で見送りたい。そして、笑顔で桜の木に行きたいから。

颯くんは嬉しそうに笑って私の頬に手を当てる。

「四葉.....僕はずっと.....四葉に秘密にしていたことが......あったんだ」

私は颯くんの手に自分の手を重ねたまま次の言葉を待つ。蕾はあと少しで完全に開いてしまいそうだった。

「四葉.....最初に会ったときから.....君のことが....」

颯くんは、優しい微笑みを浮かべながら初めて一筋の涙を流しなが言った。


「好きだよ」


蕾は完全に開き、颯くんの手から力が抜けて私の手の中から滑り落ちた。

「颯くん!!!」

私は声をあげて泣いた。はやてくん、はやてくんと名前を呼びながら。
颯くんが最期にしてくれた告白の返事を言えないまま。
私は泣き続けた。