颯くんはゆっくりとベンチまで歩いてくる。その足取りはおぼつかなくて、私は颯くんに駆け寄って手を取った。
ありがとう、と颯くんは笑っているけど、たった数歩歩いただけで脂汗が滲んで呼吸が荒い。ベンチに座って颯くんと世間話をする。いつもと同じはずなのに、何か違う。よくわからない不安がずっと私の心の中を渦巻いていた。
不意に、颯くんが何も言わず桜の木を見上げる。
まるで覚悟を決めるみたいに。
私も何も言えず、黙って颯くんを見る。きっと私は今までで一番不安な顔をしていたと思う。

「この前、君に言えなかったことを、話したいんだ」

私は黙ったまま頷く。

「僕が君に話したかったことは、僕の病気のこと。
 僕は......
          花咲病         
                   なんだ」

初めて聞く病名に戸惑い、ただ颯くんの話を聞くことしかできなかった。

花...咲病?聞いたことがない。全くイメージがわかない。
ずっと聞きたかったことのはずだ、これだけ颯くんを苦しめる病気はなんなのか。それなのに、私はこの先を聞くのが怖い。私の最悪の不安が当たりそうで.....

「病名を言われてもわからないよね、説明するより、見せた方が早いかな」

ああ、いやだ。見たくない。見てしまったらきっと私のこの不安は....

颯くんはゆっくりと包帯を外していく。私は目を見開いて固まってしまった。

颯くんの隠されていた左目の周りから
         
          桜の花
                が咲いていた。

腕にはまるで
           枝
              
        が伸びているような傷があった。

首には 
          桜の葉 
             
            のようなあざがあった。

颯くんの体が一本の桜の木のように、至る所から花が咲き誇っている。桜の花は妖しく淡い光を放っていた。

「ごめんね。怖がらせちゃったよね」 

颯くんは自嘲気味に笑って俯く。私はそれにも反応できず、黙ったまま颯くんを見つめている。

「....綺麗....」 

気がつくと私はそう口にしていた。
颯くんは驚いたように顔を上げる。

「あ、ごめん!この病気で颯くん、苦しんでいるのに綺麗なんて言っちゃって.....でも、本当に....」

本当に綺麗だと思った。今までに見たどの桜の木よりも、妖しく咲く花に私は目が逸らせなかった。
        『生命の輝き』 
その言葉が本当にピッタリだった。
颯くんは恐る恐るというように

「怖く....ないの?この、病気」

そう聞いた。

「怖くないよ。びっくりはしたけどね」

きっと、怖いと言われたことがあるんだ。今日の颯くんの言葉にはずっと怯えがあったから。

わたしはニコッと微笑む。
颯くんは本当に安心したというように微笑んだけれど、すぐに悲しい顔になる。

「でも、でもね。僕は....この病気で
                 死ぬんだ」

「....え....?」 

「この病気を発症した日から決まってた。もう長くは生きられないって。でも、今まで誰にも言えなかった。いや、言おうとしなかった、誰かと関わろうとしなかった。怖がらせるだけだから。」

颯くんは目を伏せながら話す。
わたしは何も言えず黙ったまま。

「でも」

颯くんはわたしをまっすぐ見つめる。

「四葉に会って、たくさん話をしてすごく楽しかったし、嬉しかった。だから、この病気のことを話して怖がらせてしまうんじゃないかと思ってずっと言えなかった。
怖かったんだ、四葉が離れていってしまうんじゃないかって。
だけど、四葉は僕のことを見て怖がらなかった、綺麗って言ってくれた。
すごく....嬉しかった。ありがとう」

颯くんがぎゅっと私の手を握る。
私はまだ口を開かない。
颯くんは不安な顔をして私の手を握ったままだ。その手は震えていた。
そして私は、深呼吸をして颯くんの手を握り返す。

「知ってたよ。颯くんの病気が余命宣告されるくらい重いものだって。」

颯くんは、バッと顔を上げる。

そう、これは私の1番の不安の正体。ずっと目を逸らし続けていたこと。

「だって、最近私と会うたびにどんどん包帯増えてたし、体調もずっと辛そうだった。
私、ずっと心配してたんだ。
何度も颯くんに聞こうと思った、でも、怖くて聞けなかった。もし、颯くんが死んじゃうっていうのが本当だったら....って」
 
颯くんの手を握る手に力が入る。
涙で目の前が滲んできた。

「でも、でもね。
私が一番怖かったのは、
颯くんが何も言わずにいなくなっちゃうことだったの。
友達だからなんでも話して欲しいなんて思ってないし、言いたくなかったら無理していうことないけど、急にいなくなっちゃってもう二度と会えないなんていやだったから。病院では、そういうのよくあるから....だから!」

私はおもいっきりの笑顔を颯くんに向ける。
涙でぐちゃぐちゃだけれど、それでも。

「颯くんが病気のことも、余命のことも全部話してくれて、すごく嬉しかった。ありがとう!」

颯くんは目を見開いたあと、今度こそ本当に安心したように笑顔になった。
私は、涙を流しながら笑い合う。相手を安心させるように、感謝するように。
そんな2人を見守るように、暖かな春風が桜の花を散らしていた。