翌日、沙耶香は宿泊したホテルから専用リムジンで颯斗が暮らすアパートへ向かった。

沙耶香が車を降りると、右京と左京がサイドに立ち並ぶ。
沙耶香はアパートを見上げるなり言葉を失わせた。



壁塗装が剥げかかっている苔だらけの壁
くすんだ半透明のトタン屋根の下には白い塗装に赤いサビが付着している鉄骨階段
経年劣化で色が変色している木製扉



令和の時代にそぐわぬ光景に思わず目を見張る。



沙耶香「……こ、このボロ屋敷は一体何なんですか」

左京「これが彼の暮らすゴキブリ御殿でございます」


沙耶香「何ですか、そのゴキブリ御殿とは……」

左京「ゴキブリが二日に一度は姿を現すという、お嬢様には到底縁のない場所でございます。だから、今すぐお戻りいたしましょう」



左京は沙耶香に早い段階で諦めてもらう為に来た方向へ人差し指を伸ばした。
だが、沙耶香はプイッと反抗的に顔を背ける。



沙耶香「いいえ。沙耶香はどんな事を言われても諦めませんからね。……ん〜っとぉ、敷地面積はそこそこありますね」

右京「ふぬぬ、ふんっうんぐっ……。(お嬢様。こちらは全六世帯が入っている、築四十五年の木造二階建てアパートです)」


沙耶香「なるほど。要するにこの中の一室が颯斗さんの部屋という事ですね」

右京「うぬ(はい)」


沙耶香「でも、颯斗さんの部屋がたったの一室だけなんていくらなんでも狭すぎます。改築しましょう。左京、今すぐにうちの下請け業者を呼んでください」

左京「お嬢様、部屋が狭いだけじゃありません、中がかなり……」



と、眉間にしわを寄せながら諦めの悪い沙耶香に最後の一手を打とうとしていた、その時。
アパート一階の一番奥の部屋からバタンと扉が閉ざされる音が響いた。