「今日は特別に、呪文とやらを口にしてみせましょう。世界でたったひとり、そして最後の魔女である、わたくしが送る祝福の魔法です。みなさん、譲の結婚式に来てくださり、ありがとう!」
茜は両手を広げた。
「そらよ、そらよ。きらきらにひかるはなのあめをふらせてください。ためらうことなく、ありのままのこころをくちにできる、きらきらにひかるきせきのあめをふらせてください」
空にある花々が散り、花びらのひとつひとつが小さな星のような花になった。僕たちに降り注ぐ。
「みなさん、花にふれてみてください。溶けたらそのまま握りしめてください」
参列者たちは、空から舞い落ちる花を手で受け止めた。
「あれ。昔付き合ってた子の顔が浮かんだ」
「私はね、実家にいるペット」
「懐かしいな……おふくろと親父を思い出した」
皆が、うれしそうに顔を見合わせている。
「花にふれると、忘れかけていたたいせつな思い出が蘇ります。これで、結婚した人も、まだ結婚できない歳の子も欲しくなるブーケになりました」
「茜さん、ありがとうございます!」
「由紀ちゃん。いいの、いいの! ほら、やっぱりちょっとは魔女らしくしないとね」
参列者からは拍手が起こった。
やっぱり、茜は魔女だ。本物の魔女だ。
どんなときも、誰かを思って……。
「由紀はどんな思い出が浮かんだ?」
「あのね、ほとんど譲さんのことだよ! 髪留めを褒めてくれたこととか」
「そんなことあったなあ」
「ほら、譲さんも花に触って」
「うん」
はらはらと落ちてくる紺色の花を、手で受け止めた。
「どうしたの、譲さん? 泣いてるの? もしかして、いやな思い出?」
「ちがうんだ……あまりにも昔のことだから、すっかり忘れていて……」
雷の音が頭に響く。泣きじゃくる僕を抱きしめる茜のくちびるが動く。
「そらよ、そらよ。ありのままのこころをささげます。このきらきらにひかるなみだを、そらのしずくとしておさめます」
……あれが、はじまりの魔法だったんだ。
もっといろんな思い出を、こころに描きたい。僕は、銀色に光る花にふれた。
「あ……」
茜と施設を飛び出して三日目のことだ。職員に見つかったとき、叫んでいた茜の言葉。
……僕が、ずっと覚えていた言葉だ。
「私が『最後の魔女』になると同意しましたよね! 一生、誰とも結婚しない。子供も産まない。だから、譲と暮らせるはずです!」
「そんな約束しちゃダメだ、ダメだよ、茜!」
「ごめんね、譲。もうサインしちゃったの。ほら。また泣くのなら、魔法を使うよ?」
そう。茜は魔女だから、人としての可能性を諦めるしかなかった。15歳で諦めた。
あの時代に生まれた、魔女であるがゆえに。
たったいま僕が手に入れた幸せを、茜が味わうことは永遠にない。
「茜……」
僕は、茜が立つ場所に向かった。
花の雨はきらきらと降り注ぐ。
陽のひかりの粒が、空から舞い落ちるようだった。
茜は、満足げに微笑んだ。
「結婚おめでとう、譲。あなたのいまの涙は、うれし涙かしら?」
「ちがう、ちがうんだ……」
「今日は泣いていい日よ、譲。この日のためにお姉ちゃん、譲の涙を空に捧げてきたんだから。だから泣いて、譲。ね?」
「茜……ありがとう」
「ふふふ、泣き顔はちいさな頃と変わらない……っ!?」
茜の頬に白い花がふれた。
花が溶けた瞬間、茜の頬を涙が伝った。
「……譲、私ね。なんでこの家に生まれたんだろうって、いつも自分の生い立ちを恨んだよ。でも、譲……あなたを、人として幸せにしてやるんだって思ったら……どんな恋も、胸に秘めたままでいられた……」