『お前はそのために村に寄った流れ巫女に金を払い、子を産ませたのだ』

 輿入れ先を初めて告げられたとき、そう父はうさぎに告げた。

 うさぎの生家であるこの槙山家は地主であり、たくさんの田畑を所有している富豪で権宮司も兼任していた。

 神がお住みになっている本宮を建て直す。
 その間、仮宮を造り一時的に神を移す。
 その際に神に『花嫁』という名の贄を捧げなくてはならないと父は言った。

『神に花嫁を差し出すのは我が『槙山』家の大切なお役目なのだ』とも。

 父は自分の代で贄を捧げなくてはならないと、知っていたのだろう。
 だからこそ、可愛い娘を差し出すのは忍びない。

 ――だったら、出自のわからないどこぞの女に、後悔しない娘を産ませればいい。

(もともと私は、今日の日のために産まれ育ったんだ)

 家族にも、屋敷の使用人たちにも蔑まれて生きてきた。
 けれど、今夜限りでそれが終わる。

(私が神様の贄となれば次の建て替えまで村の平和が約束される。宮司様のためにもこの儀式をやり遂げなければ)

 うさぎは痛む足を懸命に前に出した。





 仮宮は、槙山家が所有する土地に建てられた。

 神社にあった本宮を一回り小さくしたものだった。
 かりそめとはいえ、造りはしっかりとしていて父親もさすがに疎かな仕事はさせなかったのだろう。

 真新しい鳥居の前で宮司が止まった。

「儂はここまでだ。もう時間でな。今の時間、この鳥居を通れることができるのは、うさぎだけだ」
「わかりました」

 ここまで導いてくれた宮司の手が離れると、うさぎはごくりと生唾を飲んで、鳥居の前へ進む。

「……うさぎ、おつとめを頼むぞ」
「はい」

 宮司の切なそうな顔が辛い。

 うさぎはたった一人自分を見送ってくれた彼が悔やむことのないよう笑顔を向け、頭を下げると鳥居をくぐった。