目が覚めると、時計は朝の八時を過ぎていた。
「やべっ!」
 僕は寝坊したと思い込み慌ててベッドから飛び起きた。急いで制服に着替えようとすると、今日から夏休みだということに気づいた。
 「あっ、そうだった。今日から夏休みだ・・・・・・」
 夏休みが始まったことを思い出すと、部屋着に着替えなおした。この時間はもう両親は仕事に行っていて、家には僕しかいない。
 朝ごはんを食べるため台所に行った。テーブルには、ラッピングされたお皿と二つの茶碗があった。すぐ近くに一枚の紙きれが置かれていた。
「朝ごはん、ちゃんと食べてね」
 母さんからの置手紙だ。
 朝の忙しい中、僕の分の朝ごはんをちゃんと用意してくれたことがわかった。
「いただきます」
 母さんが作ってくれたことに感謝しながら食べていると、昨日の夜の出来事が頭に浮かんできた。
 あの「ホタル」という女の子は何者なのか、ほんの少ししか喋らなかったから何もわからない。
「ごちそうさまでした」
 食器を片付けると、部屋に戻った。
 ホタルが何組のなんていう本名の人なのか、学年の生徒のリストで調べてみることにした。きっと、その中にいるはずだ。そう思いながらぱっとリストを見たがホタルに近い名前の人は見つからなかった。
 「太一なら何か知ってるかも」
 早速太一に電話をかけた。
「もしもし、誰・・・・・・?」
 寝ぼけた様子の声で太一が電話に出た。
「あっ、もしもし太一、僕だよ」
「夏希か、なんだよ、昨日ゲームで徹夜してさっき寝たところなんだ」
「実はさ・・・・・・」
 僕は太一に昨日の夜のことを話した。
「ホタル?誰それ?」
 太一はホタルのことは知らない様子だった。
「で、今夜また会う約束をしたんだけどさ・・・・・・」
「へー、ならそのまま会えばいいじゃん」
 太一は他人事に捉えていた。
「ねぇ、朝っぱらから悪いけど、そっち行っていい?」
「ああ、かまわないぞ」
 僕はすぐに太一の家に行く支度をした。
 外着に着替えて、赤い帽子をかぶり、サンダルを履いて、戸締りをして家を出た。
 僕の家から太一の家まで、歩いて十分前後だ。そんな遠くない。
 隣の家を通り過ぎようとすると、家の中から隣に住む川野さん夫妻が出てきた。
「あら、夏希くん。おはよう」
 川野さんの奥さんが僕にニコッと挨拶をした。僕は「おはようございます」と挨拶を返した。
「今日から夏休み?」
「はい、これから友達の家に行くところです」
川野さんは車でどこかに出かけようとする様子だった。
「気を付けてね」
 川野さんが手を振ると、僕も手を振り返して走っていった。
 川野さんは最近隣に引っ越してきた夫婦で、普段あまり話さないがたまにこうやって会うと挨拶をしてくれる。
 強い日差しがさす中、走り太一の家に着いた。
 インタんほーんを鳴らすと、「あいてるよ」と太一の返事を聞くと家の中に入った。
「おじゃましまーす」
 家の中は、冷房がガンガン効いて冷え切っていた。
「おう、来たか」
 太一が出迎えてくれた。太一の部屋に行くと、昨日の夜のことを改めて話した。
「―というわけなんだ」
「『ホタル』か、おれも聞いたことないな」
 太一も知らない様子だった。
 太一でも知らない人なら、じゃああの子は何者なのだ。僕のなかでどんどん謎が深くなった。
 じゃああの子は、不審者だったのか。いや、もし不審者ならわざわざ会う約束をしてくるか。もしかしたら、卒業生、転校生なのかもしれない。僕の頭の中で色々な想像が浮かんできた。
 いろいろと考えていたら疲れてきた。
「なぁ、せっかくうちに来たんだしゲームでもしないか」
 太一は僕に気を使ってくれたのか、コントローラーとソフトを出してくれた。
そして、ゲーム機に対戦系の格闘ゲームのソフトをセットした。
 このゲームは太一の家に遊びに来た時によくやるゲームだ。
「今回俺は、このキャラクターで行くぜ」
「じゃあ僕は、こいつで」
 お互い使うキャラクターを選ぶとゲームを始めた。
 勝ったり、負けたりとゲームをしていくうちにホタルと今夜また会うことや、ホタルが何者かなのかという疑問や心配がだんだんと薄くなってきた。
 何回目のバトルなのか、太一に勝った。
「夏希、なかなかやるじゃん!大会に出ればいいのに」
「他にも強い奴がいるから」
 すると、「ただいまー」と玄関の方から音がした。
「あっ、母ちゃんだ」
太一のお母さんが帰って来た。
 時計を見るとお昼を回っていた。
「じゃあ、僕もう帰るわ」
 僕は家に帰ることにした。
「えっ、何ならうちでお昼食べてく?」
 太一はそう言ってくれたが、太一のお母さんには僕が来ることを話していないため、突然ごちそうになるのは悪い気がしてきた。
「ありがとう、でもいいや。家で母さんがお昼用意してくれたから。それに、なんか気を使わせちゃうのはまずいし・・・・・・」
「そっか、じゃあいつもの裏口から帰るか」
「ありがとう、じゃあまたね」
 太一は家の台所に降りた。
「ああ太一、ちょっと手伝って」
 太一がお母さんの気を引いている間に、僕はこっそり玄関に降りて、自分の靴を取り、太一の家の裏口から出た。
 太一の親に気を使わせたくない時や、親に知られるとやましいことがある時に裏口から帰る。
「あれ、誰か来てたの?」
 太一のお母さんの声が聞こえた。
「いや、誰も来てないよ」
 太一が僕のことをごまかしてくれたのがわかった。
 何かホタルについての情報がわかると思い、太一の家に行ったが結局何もわからなかった。
 クラスの人に聞いてみることを思いついたが、太一に聞いてわからなかったのが他の人たちにもわからないと思いやめた。
 結局、今夜また会わないとわからないことだった。
 仕方なく大人しく夜を待つことにした。
 家に帰ると、母さんが今朝用意してくれた炒飯を昼ご飯に食べた。
 テレビをつけると、ちょうどドラマがやっていた。両親が前に見てた医療系ドラマの再放送だった。
食べながら見ていると、ドラマの登場人物である俳優がまるで僕に言っているかのようにあるセリフを言い出した。
「あなたは夢を見ているのではないか。それとも、幻覚を見ているのだろう」
 このセリフを聞いた時、僕の体に何かが突き刺さった感覚がした。
 もしかしたら、昨日僕が見たホタルと名乗る女の子は幻覚だったのかもしれない。
 あの時、学校の七不思議をとても怖がっていたから、それによって幻覚症状を起こしていたのかもしれない。そう考えると少しほっとしてきた。
 彼女が幻覚なのか本物なのかこの際、確かめてみようと好奇心がわいてきた。
 そうと決まれば、今夜に備えて夕方まで寝ることにした。
 宿題をやろうと考えたが、今夜のことが気になって集中できないから明日にやることにした。
 眠りに着こうとした瞬間、頭の中でクラスの人たちのことが浮かんできた。
 この夏、みんなはどう過ごすのか
 友達と遊びに行ったり、家族と旅行に行ったり、夏期講習に行ったりしているのだろうと考えた。太一は今度開かれるゲームの大会に出るために、毎日ゲームに励んでいる。
 それに比べて僕には何もない。
 遊びに行く友達はいないし、親は仕事があるから旅行に行く予定はない。
 学校で話す友達は太一くらいだ。けど、その太一は楽しみにしているゲームの大会があるからあまり邪魔はしたくない。
 だから、今年の夏も僕は一人で過ごすことになる。
 そんなことを考えているうちに眠りについた。

「―夏希、夏希」
 母さんが僕を呼ぶ声が聞こえた。
 目を覚ますと、時計は夕方の六時を過ぎていた。
 十分寝たと思い、ベッドから起き上がった。
 いよいよホタルが幻覚なのか本物なのか確かめる時間が近づいていることにワクワクしてきた。きっと、これは僕の今年の夏の一大イベントになるのかもしれない。
 台所に降りると母さんが夕飯の支度をしていた。
「あら夏希、もしかして寝てたの?
「うん、まぁ」
 何か感づかれたみたいな気がしてきた。
「宿題はやったの?」
「いや、やってない。今日はずっと寝てた」
「だめじゃん、昼間寝ると夜寝れなくなっちゃうよ」
 母さんの言うとおりだが、今夜のためには昼間寝ないといけなかった。
 僕は箸などの食器を出す手伝いを始めた。
 今夜の夕食が出来上がった頃に玄関から音が聞こえた。
「ただいまー」
 父さんが帰って来た。
 父さんが部屋着に着替え、台所に来ると「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。
「そういえば、今日の昼間あのドラマの再放送やってたよ」
 昼間のドラマの再放送のことを話した。
「えっ、そうなの?録画しとけばよかった~」
「明日はやるのかな?」
 今夜の夕飯は、冷しゃぶを食べながらドラマの再放送の話で盛り上がった。
 夕食を終えると、両親はリビングでテレビを見始めた。
 昨日は帰って来た時は、寝ていたけど今夜もそう都合よくいかないと気づいた。
 そこで作戦を立てることにした。
 まず、両親より早く風呂に入る。次に、昼間は寝てしまったから今夜はなるべく早く寝るという雰囲気を漂わせる。そして部屋に行き、両親がテレビに夢中になっている間に部屋の窓から外に出て学校に向かう。
 我ながら完璧な作戦だ。そうすればばれずに外に出ることが出来る。両親はもう僕は寝たと思い込み、わざわざ部屋を見に来ることはないと考えた。
 そうと決まれば作戦実行だ。
 僕は風呂場に向かった。湯舟を見ると空だった。きっと昨日の夜に母さんか父さんがお湯を抜いたに違いない。僕は湯舟に浸かるつもりだったが、シャワーを浴びることにした。
 湯船につかって時間を稼ごうとしたが、シャワーで時間を稼ぐことにした。
 ニ十分ほどシャワーを浴びて出た。
 両親の様子を見るため、リビングを覗いた。すると、母さんが僕がもう風呂に入ったことに気づいた。
「あれ夏希、もう風呂に入ったの?」
「あっ、うん・・・・・・」
 僕はそっとうなずいた。
「今夜は早く寝なさいよ」
「うん、おやすみ」
 僕は自分の部屋に行った。母さんは僕が早く寝ると思い込んでいた。
ここまでは計画通りだ。けど、ここで僕はあることを忘れていたことに気が付いた。靴だった。
 靴がないと外に出れない。僕は自分の部屋に行く前に玄関へ行きそっとサンダルを持って行った。
 部屋に行くと学校へ向かう準備をした。後は部屋の窓から外に出れれば作戦成功だ。
 窓から下の屋根にサンダルを置いた。そして、足音を立てないようにサンダルを履いた。
 屋根から落ちないかゾクゾクしてきた。二階から地面まではそんな高くはない。
 高いところから降りることに恐怖心があったが、勇気を振り絞ってジャンプした。
 地面に着地した瞬間、両足から全身に痛みと衝撃が走った。そんな高くないとはいえ、二階からのジャンプは正直痛い。
 痛みと衝撃と同時に、今の音が両親に聞こえたかどうかの恐怖心も走った。
 僕は、両親が今の音は何かと外に出てくるんではないかと思い、じっとした。
 数十秒間じっとしたが、特に何も起こらなかった。両親には聞こえなかったんだろう。
 そう考えるとホッとした。そして、気を取り直し学校へ向かおうとした。
 地面に着地したときに土が足についてしまったことがわかった。シャワーを浴びた後だから足が汚れるのは嫌だったがこれは仕方ないと自分に言い聞かせた。
 家の敷地を出ようと歩いていると、窓の前を通ろうとしているのに気がついた。
 もし、母さんか父さんに見られたら大変だ。僕は姿勢を低くして窓から僕の姿が見えないように抜き足差し足と歩いた。ばれないかどうか緊張すると汗が出てきた。
 あともうちょっとで窓を通過しようとしたとき、網戸を開ける音が聞こえた。慌てて両手で口を押えてしゃがみこんだ。
「なぁ母さん、今何か音がしなかったか?」
 父さんの声だ。
「きっと、野良猫がけんかして塀の上からでも落っこちたんでしょ」
部屋の奥から母さんの声が聞こえてきた。
「夏希は?」
「もう寝たみたい」
「そっか」
 父さんは網戸を占めた。
 どうやら僕はもう寝たと思い込んでいるようだ。
 窓の前を通過し、家の敷地を出ると学校に向かって走り出した。
 昨日と同じく九時過ぎに着いた。
 もし、いるとすれば昨日会ったあの教室だ。僕は昇降口で来客用のスリッパをはくと、自分の教室に向かった。彼女が本物なのか幻覚なのかを確かめることができる期待に胸が膨らんだ。
 期待を胸に教室に着くと勢いよくドアを開けた。
 彼女の姿はなかった。
「いない・・・・・・あれは結局幻覚だったか」
 ホタルは幻覚であったことがわかったが、せっかく親に黙って家を出て学校に来たのに損をした気分だった。
 僕は自分の席に座り込んだ。教室がとても広く見えた。いつもはこの場所にクラスメイトや先生がいてうるさくて狭い場所に感じていたが、今は夏休みで夜中だから僕以外誰もいない。
 教室を独り占めしている感じで楽しい半分、寂しい感じがした。
「みんな今頃何をしてるのかなぁ」
 みんながどんな夏休みを送るのか頭の中で浮かんできた。
「あっ、来てくれたんだ!来ないかと思った」
 女の子の声が聞こえ、声のする方を振り向いた。
 教室のドアの所に、彼女が、ホタルがいた。
 彼女は僕の幻覚ではなく、本当にいた。
 ホタルは両腕を後ろに組んで僕に近づいた。
「どうしてきてくれたの?」
 彼女は興味津々に僕の顔を見つめた。
 普段学校で女子に顔を見つめられることなんてないからドキドキし、僕は目をそらした。
「だって、君が今日来てくれっていうから・・・・・・」
 彼女は「うれしい」と笑顔を見せた。
 けど不思議だ。ついさっきまで人の気配なんてなかった。教室のドアが開く音さえもしなかった。いつからホタルはそこにいたんだ。
 こうやってホタルに会えたわけだから気になることを聞いてみることにした。
「君は誰なの?」
「やだぁ、昨日言ったじゃん、ホタルだよ」
 ホタルは僕がわかりきっていることを聞いてきたかのように笑って答えた。
「そうじゃなくて、君はこの学校の生徒?それとも、卒業生?」
 改めて質問した。
 彼女は人差し指を近くの机についた。人差し指で机をなぞりながら窓際に歩き出した。
「実はね、私はこの学校の生徒になるはずだったんだ・・・・・・」
 この学校の生徒になるはずだった。それはどういう意味なんだろう。ということは、彼女はこの学校の生徒ではないということなのか。それなら、なんでここにいるんだろう。