学校の終わりを知らせるチャイムが鳴った
「じゃあみんな、体に気をつけてな」
先生からの話で帰りの会が終わると、クラスのみんなはよっしゃーと騒ぎ始めた。
 明日から、待ちに待った夏休みが始まる。
 中学最後の夏休み、みんな悔いのないように過ごそうと張り切っていた。
 しかし、僕、橘夏希はそうではなかった。
 悔いが残らないようにもなにも、この夏休みは特にやりたいことや行きたいところがないからだ。
 中三の夏は、本来なら受験に専念しないといけないのだが、僕も含めてほとんどはこの町の高校に進学するからだった。
僕が住む町は小さな田舎町で、小学校、中学校、高校はよその学校を選ばない限りみんなこの町の学校に通うからであった。
この町の高校にも一応、入試はあるが学校の成績がそれなりに良ければだれでも入れる学校だから、特別な受験勉強は必要ない。
そのため、みんな受験によるプレッシャーがないから遊ぶ余裕がある。
「なぁ夏樹、お前は夏休み何するんだ?」
 隣の席から浅野太一が声をかけてきた。
「家でゴロゴロする、それくらいかな」
 僕は何も面白味もなく答えた。
「そういうお前は何するんだ?」
 太一に質問を返した。
「ふふっ、よくぞ聞いたな、俺はこの夏ゲームのイベントで一位を勝ち取るんだ!」
 太一は自信満々に答えた。
 太一は過去にゲームの大会で優勝したことがあるほどのゲーム好きである。
 だが、そんな彼は僕にとって一番の親友だ。
「一位を勝ち取るのはいいけど、ちゃんと宿題やって単位も取るんだぞ」
 通学カバンのショルダーストラップを肩にかけて太一と一緒に教室を出た。
 昇降口で靴に履き替えると、太一はポケットからスマホを取り出して時間を確認した。
「あと、数時間でイベントが始まるぞ~」
 ゲームのイベントに張り切る太一を見ると、なんだがうらやましく見えてきた。
 僕には太一みたいになにか熱中できるものがないからだ。
 昇降口を出ようとすると―。
「ねぇ、橘くん」
 女の子が呼ぶ声が聞こえた。
 後ろを振り向くとそこには、クラス委員の牧村風花の姿があった。
「橘くん、今度の登校日、日直だから日誌とか忘れないようにしてね。じゃ、良い夏休みを」
 彼女はそう言うと風のようにどこかへ行ってしまった。
「いいなぁ、牧村に声かけられて。あいつが男子に声かけるなんてそうそうないぞ」
 太一は僕の横で羨ましがっていた。
 牧村はクラス委員を任せられるくらいしっかりしていて、信頼もあり、男女問わずクラスの人気者だ。彼女に憧れを抱く男子も少なくない。
 途中まで太一と一緒に帰り、通学路の分かれ道で別れた後は一人で家に帰った。
「ただいまー」
 家に帰っても両親は共働きで誰もいなかった。自分の部屋にカバンを置き、私服に着替えて、母さんが朝用意しといてくれた昼ご飯を食べた。
 お昼を食べた後は、特に用事もやることもないため、自分のベッドの上で漫画を読んだ。漫画を読んでいるうちに自然に寝てしまった。
夕方、両親が帰って来た音で目が覚めた。いつも通り、家族と夕飯を食べ終えると、僕は自分の部屋に戻った。
 部屋でゲームをしていると、母さんが部屋の扉を開けた。
「夏希、登校日までにある程度宿題終わらせておきなさいよ」
 僕がわかったよと返事すると、母さんは扉を閉めていった。
 とりあえず夏休みの宿題を確認しようと、今日配られた夏休みの宿題の一覧表のプリントを出そうとカバンを開けた。しかし、それらしきものが見当たらない。ファイルの中やカバンの全てのポケットを隅々まで探したが、見つからなかった。
「どうしよう……」
 全身に鳥肌が立ち、手に汗が走った。
 きっと学校に忘れて行ったんだ、そうに違いない。
 昼間、太一にちゃんと宿題をやるようにと言ったくせに自分が肝心なプリントを学校に忘れたことに焦りを感じた。
一覧表のプリントがなければ、宿題のワークやプリントなどどこまでやればいいかわからない。
登校日まではまだ日はあるが、ある程度進めておかなければ内申に響くから、すぐに取りに行った方がいいと思った。
しかし、夜の学校に一人で行くことに恐怖心を感じた僕は太一に頼んで一緒に来てもらうと考えた。そう考えると、すぐに太一に電話をかけた。
「もしもし」
 電話にすぐ出た太一の声に安心し、軽いため息が出た。
「実はかくかくしかじか……」
 僕は事情を太一に話した。
「えぇー!それないとまずいじゃん」
「うん、そうなんだよ。だからさ、ちょっと一緒に来てくれない……?」
 太一に必死に頼んだ。
「ええっ!今、ゲームのイベント中だから無理!あともうちょっとでランキング上位に入れそうなんだ。それに、自分が忘れたんだから自分で取りに行けよ、じゃあな」
 太一は電話を切った。
「仕方ない、一人で行くか……」
 僕は諦めて一人で行くことにした。
 親には「散歩に行く」と言って家を出た。
 夜の町は都会と違って暗いため、電柱の灯りを頼りに学校に向かって歩いて行った。
 学校に着き、校門をよじ登って敷地内に入った。
 時刻は夜の九時を過ぎたからか、先生や用務員や警備員など人の姿はなかった。
 校舎内に入ると、スマホのライトを照らして歩いた。
 テレビや漫画の影響で、一度夜の学校に入ってみたいと思ったことはあるが、実際はとても怖い。
 学校の七不思議といわれている動く理科室の人体模型、真夜中に響く音楽室のピアノ、トイレの花子さん、美術室のモナリザ、無人の放送室、本当にそんなものがこの学校にあるのかと考えるとびくびくしてくる。
 幸い、僕のクラスがある三年生エリアは二階にあるから昇降口からそう遠くはない、だから大丈夫だ。そう自分に言い聞かせて歩いて行った。
 教室のすぐそばまで来た時、後はプリントを取ればミッションクリアだと安心し、教室に入ろうとした。
 すると、教室のドアの窓に僕以外の人影が写っていた。教室に誰かいる様だった。どうやら、先生や警備員ではなく生徒のようだった。
 ドアの隙間からそっと覗くと、白いワンピースを着た一人の女の子が窓際に立っていた。
 (あの子も何か忘れ物したのかなぁ?)
 よく見ると彼女はクラスの女子ではなさそうだった。もし、同じクラスの人ならば誰だがすぐにわかるからだ。なんでこんな遅い時間に一人でいるのか気になり声をかけてみることにした。
「ねぇ君、こんな時間に何してるの?」
 そっと教室のドアを開けて声をかけた。
 彼女は僕の方に振り向いた。
「あら、あなたこそこんな時間に何してるの?」
 彼女は僕に同じ質問を返した。
「僕は今日、夏休みの宿題の一覧表のプリントを忘れたから取りに来たんだ」
 僕は慌てて自分の席から忘れたプリントを取り出して見せた。
「ふーん、じゃあ私もそんなところかな?」
 彼女は軽々しく答えた。
「ねぇ、君は誰?何組の人?」
「女の子に名前を尋ねるならまず自分から名乗らないとダメだよ」
 僕の質問を阻んだ。僕はえーと言いながらも自分の名前を名乗った。
「僕は橘夏希。これでいい?」
「よろしい、私はホタル。ホタルっていうの」
 彼女も名前を名乗ったが、「ホタル」っていう名前が苗字なのか下の名前なのか、そもそも本名なのかそれだけではわからなかった。
「あなたとここで会ったのは何かの縁かもね。ねぇ、次いつ会える?」
 唐突の話題の変化に驚いた。なんて答えればいいのか戸惑った。
「えぇー、まぁ、夏休み中は特に予定はないけど……」
「じゃあ、明日この時間ね!」
 彼女は突然明日合うことを言いだして、廊下に走っていった。
「待って……」
 慌てて追いかけようと廊下に出たが、彼女はどこかに消えてしまった。
 スマホの画面を見ると、時計は夜の十時を過ぎていた。
「やっべ!」
 僕は忘れたプリントを手に持ったまま走って学校を出て、家に帰った。
 家の前に着くと、全速力で走ったから息切れが止まらなかった。
 恐る恐る玄関を開けると、家の中の電気が全部消えていた。気になって両親の寝室を覗くと二人はもう寝ていた。
 帰りが遅かったことを怒られなかったことに安心して自分の部屋に戻った。
 今日会った、あの「ホタル」という女の子が一体誰なのか考えているうちに自然に寝てしまった。