作品の中でも使われていなかった難しい言葉を、かさちゃんはすらすらと並べていく。

「それに立ちふさがった敵たちにも、それぞれ叶えたい願い事があって、それは納得いくものだったし。
 私的には、結構考えさせられる映画だったかな。さきちゃんはどう思う?」
「すみません、そこまで考えてませんでした」
「なんで敬語……?」
 難しい本を読んでいると、難しいことを言えるようになるんだなあ……。さすがはかさちゃん。
 けど、このままじゃちょっとついていけそうにないので、話題を変えてみることにする。


「でも、タイチもまっすぐで熱いハートを持ってて、かっこよかったなあ」
「竜二くんにちょっと似てるよね」
「え、そうかな」
 まさかこの流れで竜二くんの名前を出されるとは思わなくて、心臓がどきりとはねるような気がした。
 それにまるで、かさちゃんに心の中をのぞきこまれているような感じになった。

「体育の時間でもいつもはりきってるし、男の子の中でのリーダーみたいなところが似てるかな。
 さきちゃんもよく、休みの時間にドッジボールで遊んでいたよね。……最近はあまり一緒にいるところを見かけないけど」
「そう、だね……」
「喧嘩でもしたの?」
 ……違う。私の心臓ははねているんじゃない。かさちゃんの手でぎゅっとにぎりしめられているんだ。
 鷹のように鋭い目でこちらを見つめてくるかさちゃんに、私は初めて恐怖を感じた。
 まるで心を丸裸にされて観察されているようだ。かさちゃんはもう何もかもお見通しなんじゃないだろうか。

「喧嘩、……とはちょっと違うかな。やっぱりさ、男の子には男の子の、女の子には女の子の遊びがあるからね。
 なんというか、住み分け?みたいなのが必要なのかと思っただけだよ。
 無理して付き合うのも、お互い苦しくなるだけかなーって、そんな感じ! だから全然喧嘩なんかじゃ――」
「クラスメイトなのに?」
「え?」
「これから少なくても、来年の3月まで一緒にいるクラスメイトなのに、住み分けが必要なの?
 ドッジボールが男の子の遊びだって言うならさ。男の子でも女の子でも、一緒に楽しめるような遊びを見つけたほうがいいんじゃない?
 クラスの子と仲良く遊べないのはやっぱりさびしいし、距離があるまんまじゃ息苦しくなっちゃうと思うな」
「かさちゃん、それは……」
 確かに、その通りだ。私はこのままずっと竜二くんの顔を見るたびに、気まずい思いをして過ごさなくてはならないのだろうか。
 それに竜二くんだって、きっとすっきりしてないはずだ。そうだ、私と竜二くんは、仲直りしなくっちゃいけない。
 たとえ別に喧嘩をしたわけじゃなくっても。なんとなく話しかけづらくなっただけだとしても。


 かさちゃんの口から吐息が漏れる。
「……って、クラスで浮いてる私が言っても説得力ないかもだけど」
「そんなことないし、そんなことないよ! やっぱり私も竜二くんと一緒に遊びたいもん!
 ううん、それだけじゃない。クラスのみんなで、かさちゃんも花ちゃんも一緒に、楽しく遊んで明るく過ごしたい!
 男の子でも女の子でも、みんな大切なクラスメイトなんだから!!」
「さきちゃん……、だったら考えてみよっか。
 どんな遊びだったら、男の子でも女の子でも楽しめるものになるのか」
 そんなことを言われても、私にはすぐ答えが思いつかない。
 男の子はおままごとなんてしないだろうし。ヒーローごっことおままごとをかけあわせるとか?
 なんだか妙なことになりそうな予感しかない。この発想は飲み込んでおくことにする。

「難しいな……。ゲーム機を学校に持っていくわけにもいかないし」
「男の子たちはこっそりカードゲームを持ってきたり、スマートフォンで遊んだりしてるけどね。
 でも身体を動かすわけじゃないゲームだったら性別も関係ないし、いい思いつきだと思うよ。
 ……あとは学校にあるものでなんとかできれば。紙とペンはあるから、あと何かもうひとつ――」
 かさちゃんは長い髪をかき上げながら、何か考え込んでいる。
 どうやらかさちゃんの頭の中には、すでにいいアイディアが浮かんでいるらしい。

 わくわくする。かさちゃんは一体私にどんな世界を見せてくれるんだろうか。



「みんなー! 今日も牛乳飲み終わったら、ビンの蓋を持ってきて!」
 かさちゃんのお願いで牛乳ビンの蓋を集め始めてから、数日が経った。
 私は蓋の入ったビニール袋を広げながら、その中をのぞきこんでみた。
 他のクラスの子にもお願いして集めているから、もう200枚以上はあるはずだ。
「はい、どうぞ。牛乳ビンの蓋なんか集めてどうする気か知らないけど」
「ありがとう、花ちゃん。ふっふっふ、どうなるかはあとのお楽しみだよ!」
 などと花ちゃんに言いながらも、これだけのビンの蓋の使い道を、私はまだ知らない。
 かさちゃんはただ「必要なものだから集めて欲しい」と言うだけだ。
 そして彼女は今、画用紙に黒のマジックペンで、定規を使いながら縦横の線を引いていっている。
 まっすぐていねいなその線は、几帳面な彼女らしい。そんな彼女が「よし」とつぶやくと、こちらに近づいてきた。

「さきちゃん、もういいよ。たぶんそれくらいで足りるはずだから。
 それより手伝ってほしいことがあるんだ。さきちゃんもマジックペン持ってるよね?」
「うん、あるよ」
 私はビンの蓋が入ったビニール袋を片手に自分の席に戻って、文房具入れの中からマジックペンを取り出す。
 それからかさちゃんの席についていくと、そこには正方形のます目がいくつも書かれた画用紙が3枚あった。
「あ、分かった! これ○×ゲームでしょ!」
「違うよ、さきちゃん。○×ゲームなら3×3のます目でしょ?
 それにそれなら蓋の使い道がないじゃない」
 確かに、そのます目は○×ゲームのものよりももっと多かった。
 ええっと、1、2、3……、8だ。これは8×8のます目になっているんだ。

「まあ○×ゲームにしようかともちょっと考えたけどね。
 でも、それじゃ単純すぎるし、すぐに飽きちゃいそうでしょ?
 だからもう少しだけ、頭を使うようなゲームにしようかなって。
 ……ということでっと。ほら、こういうコマって一度は見たことあるんじゃない?」
 かさちゃんはそう言いながら、ビンの表に書かれた文字をマジックペンで黒く塗りつぶし、裏の白い面と交互に見せてきた。

「ああ! 知ってる知ってる!!
 白黒のコマを使って、挟んだらひっくり返して自分の色にできるゲームでしょ?
 それで黒と白が交互に打っていって、最後に自分の色が多かったほうが勝ち!」
「うん、正解。ゲームの名称はいくつかあるけど、シェイクスピアの四大悲劇のひとつから名づけられたものが有名かな。
 けど、元々はリバーシっていう名前だったんだよ。それがこんな風に、牛乳ビンの蓋をコマにして遊び始めたことで、少しルールが変わって日本でも流行り始めたんだって」
「へぇー」
 シェイクスピアくらいはさすがに私も聞いたことがある。ロミオとジュリエットの作者、……だっけ。
 ふたりはどうしてシンデレラ姫みたいに、身分違いの恋を叶えることをできなかったのかな。