小さい頃、僕は周りの同年代を少しだけ見下していたと思う。だって、すぐにわがままを言うし、後先考えずに行動するし、みんな子供だなぁ。そんなことを自分も子供のくせに思っていた。
 周りの大人からはしっかりした子とか言われていたが、それは少し違う。実際、僕みたいな、子供にしては達観した人はちらほらいたし、さして珍しいわけではない。
 子供みたいに感情のままに喋り、そして叫ぶ。
 この行為を子供の頃の僕であれば、確かに馬鹿みたいで子供らしいと感じていただろう。でも、子供と大人の狭間に立った今、この行為が悪なのか、善なのか分からない。
 我慢することは美徳なのか。隠して偽ることは悪徳なのか。
 言いたいことを言わずに口を閉ざしたあの頃は本当に大人だったのか。
 感情を抑えられなくなった今の僕は、大人と子供――どっちなんだろうか?

 僕があまりに小さく呟くものだから、会場が音を無くしたように静まり返った。観客は僕の台詞を聞き逃さないように、そしてクラスメイトは単純に予定外のことをした僕に言葉を失っているだけだろう。
 幸田も呆気からんとした表情で僕を見る。それどころか小さく「……え?」なんていう素の声が出ていた。
 それでも、一度言葉を発してしまったら、ストーリー上も僕の本音自体も、一言では収まりがつくわけがなかった。

「どうして一人で抱え込むんだよ。友達だって……ありのままを見せれるのはあなただけって言っただろ! だったら、隠さないでよ。辛いことがあるなら、全部吐き出してよ!」

 どこを見て良いのか分からず、天を仰いだ。

「僕だって、話したくても迷惑になるかなって思って話せないこともあったよ。君は心でも読んでるんじゃないかと思うくらい察してくるから、だから僕は話さなくても救われたんだ。でも、僕はそんな力持ってない。だから、話してくれよ! 言えないことがあるなら、僕が代わりに叫んであげるから! 一緒に背負わせてくれよ! ……僕は君の特別でいたいんだよ!」

 体育館中に僕の声が響き、こだまする。
 同時に襲ってくるやってしまったという思いと、言ってやったという両感情。
 人は往々にして間違いを繰り返す生き物。まさにその通りだ。
 怖くて天を仰いだまま静止する。頭から湯気を出してる委員長が目に浮かぶ。いや、それどころかクラス全員がブチ切れててもおかしくない。
 でも僕の数少ない友達は、こういう時だってイケメンだ。

「もしかして、我が親友グランなのか……? ミイラ男……君は、三年前病気で死んでしまった私の親友グランだったのか!?」

 グランという名前がきっとミイラ男の僕を指すのだろう。とっさに機転を利かして、ミイラ男の生前と勇者が親友だったという設定でアドリブを利かせてくれているのだ。
 これに乗らなければ作品は崩壊する。助け舟を出してくれた勇者の親友に感謝しつつ、僕はもう一度口を開いた。

「あぁ、そうだよ。本当は最初から口だってきけるし、ちゃんと理性もある。身体は正真正銘のミイラだけどね」

 目で幸田に謝る。伝わったのか、伝わらなかったのか、幸田は面白くなってきたと言わんばかりにニヤつく。

「そうか、君はずっと私の側で見守っていてくれたのだな……。ならばこそ、私はここで臥して天命が尽きるのを待っている姿を見せるわけにはいかない!」

 舞台袖をちらりと見ると、ぐったりとしている委員長と、その横で何やら慌ただしげに皆に指示を飛ばしている愛衣の姿があった。
 愛衣は僕の視線に気づくと、なぜか親指を立てて、魔法使い役の人と盗賊役の人をステージ上に強引に押し出す。
 とっさに出てきた二人に観客の視線は集まる。

「あー、その……なんつーか」

 かろうじて役の口ぶりにはなっている盗賊だが、突然のことすぎて言葉が出てこないようだ。それを見て、魔法使いが割り込む。

「薬を――勇者の病に効く薬を持って参りました!」

 魔法使いが杖で盗賊の脇を突く。

「あ、えっと……そうそう! てめーがいないと魔王なんざ倒せないからな。ま、俺は魔王とか勇者とか? そんなのどうでもいいんだけどよ」

「何言っているんですか。あなたが一番に飛び出して行ったではありませんか」

「ばっ! ちげーよ! 本当に抜けてやるつもりだったっての」

 二人ともどうにか話を取り繋げてくれている。愛衣が早急に動いてくれたおかげだ。

「おぉ! 二人とも、私のために! これで魔王に挑むことができる!」

 この後は大半がアドリブだった。なにせ、本当の台本ではこの先は勇者と喋らないミイラ男の二人が魔王と戦うはずなのに、魔法使いと盗賊が戻ってきて、なおかつミイラ男が喋れるようになるという大改編が起きているのだから。
 結果的に幕が下りる時、会場は拍手で包まれた。前のクラスの大歓声には程遠いものであったが、一応は作品として成り立ったと言っても良いだろう。
 もちろん、終わった後は委員長に殴りかかられる勢いで怒られたものの、脚本担当の人にはなぜか絶賛されてしまった。他のクラスメートも僕の暴走については忘れてしまったかのように、わいわいと騒いでおり、僕の元に賛辞はあれど、詰め寄ってくる人はいなかった。

「おーう、お前ら。お疲れさん。この後はもう少し暗くなったら校庭でキャンプファイヤーだぞー。女子と手繋いで踊りたい男子はしっかり手洗っとけよ」

 のっそりとやってきた担任は右手にたこ焼きを持って、諸事項だけ気だるそうに伝えるとすぐに身を翻す。

「キャンプファイヤーかぁ。実笠はどうする? 俺は愛衣と行ってくるけど、一緒にくるか?」

「だから、今日くらい僕に気を使うなって。それに、僕はちょっと行きたいところあるし」

 幸田は首を傾げる。

「どこに?」

「……言わない」

 人がまばらになった体育館を見渡す。
 そこに彼女の姿はなかった。