「卑怯な魔王め! 彼女を解放しろ!」

 演技だと分かっていても思わずほくそ笑んでしまいそうな厨二病全開の台詞を、恥ずかしげもなく次々と並べる幸田の隣で、僕は野次を飛ばすような動作をする。もちろん、無言で。
 劇の練習が始まり十日。最初はロボット集団のようだった演者達もそれなりに様になってきたように思える。
 僕は元々、台詞が無い役なので、ひたすらに動作を大げさにこなすだけだ。

「はーい、カット!」

 一区切り演技をしては、演劇部と脚本担当の人から指導を受け、もう一度流す。これを繰り返して、徐々に形を作っていく。

「篠原くんは野次飛ばす時、バミりからはみ出していいよ。本番はバミり無いから、今のうちに感覚を掴んでおこう。思いっきり前のめりくらいでちょうどいいから」

 口調や台詞回しのような指導は無いので、僕へのアドバイスは大抵こんな感じだ。
 壁を背に座り込み、他の人への指導が終わるのを待つ。
 クラスを引っ張る人たちは随分と張り切っているが、正直劇の内容はいまいちだ。決して僕が悲観的な性格だからというわけでもないと思う。なんというか、高校生向きではないのだ。勇者が連れ去られた姫を助けるために魔王と戦うという超王道ファンタジーの設定は、付け焼き刃程度の素人集団が演じると、すごくチープなものに見える。こういうのは本当のプロがやってこそ映える内容だと舞台上に立ちながら思った。
 脚本を書いた人も演技を見るたびに首をひねっているところを見ると、どうやら自分の想像との差異が引っかかるようだ。委員長と二人で随分と話し合いをしている。

「ちょっといい?」

 休憩も終わりというところで、委員長が皆の注目を集めた。

「少し台本を変えたいんだけど、いいかな?」

 クラスがざわつく。

「正直に手を挙げてね。この内容で五組に勝てると思う人?」

 五組を名指しな件は完全に私怨だと思う。でも、やはり手を挙げるものは少ない。

「よし、じゃあ、みんなで会議しよう」

 そんなわけで、今日の練習は終了し、小一時間クラスで話し合いをした。もちろん、僕は隅っこで行き交う意見に耳を傾けていただけだ。別にこういった熱臭いのは嫌いじゃないが、自らその中に飛び込む勇気も、飛び込みたいという欲も、僕は持ち合わせていない。
 結局、ド王道だった内容は、主人公は不治の病を患っていて、戦いの半ば挫折して王女の救出を諦めてしまうという設定が追加された。

「それで、他の仲間たちはやられたり、離れていったりするんですが、契約を交わしたミイラ人形だけがずっと勇者の側に寄り添い続けて、無言で彼を見守るんですよ! そして、その献身的な姿に勇者はもう一度立ち上がるわけです! どうですか? いいでしょ!?」

 脚本担当の人のエンジンがかかってしまったようで、普段物静かな人物が鼻息を荒くしてみんなの前で自論を撒き散らす。
 正直、それも王道な内容の気がするのだが、最初よりかは物語に波ができたのは確かだ。

「実笠の出番増えちまったな」

「マジで勘弁してほしい。ってか、それは幸田も一緒だろ? 泣く演技とか出来んのかよ」

「んー、できないかも……。困った、どうしよう」

 確かに幸田が膝を折って泣いてる姿なんて見たこともないし、一ミリも想像できない。

「演劇部の人にコツでも聞いてくれば? それか愛衣にフラれるシーンでも想像してみろ」

「うーわ、なんか一気に泣けてきた。今なら泣けそう」

「ごめん、言った手前あれだけど、ちょっとキモいわ」

 無言で飛んでくる手刀を受け止める。蒸し暑い体育館の中で、男二人が隅で何をしているんだろうか。

「あー、それにしても……やっぱり納得いかねぇな」

 だるそうに足を投げ出し、天井を仰ぎながら幸田が呟く。

「何が?」

「桜坂だよ。実笠は病気のこと知ってたんだろ? 彼女、劇の主役やる人間には見えなかったんだけど」

「本人はクラスの人たちと仲良さそうにやってるっぽいし、いいんじゃない?」

 しかし、確かに彼女は好んで目立とうとはしない人だ。人の目を惹く容姿を持ちながら、なるべく日の目を浴びないように過ごしてきた彼女だ。クラスの連中に持ち上げられていることは間違いないはずだ。

「桜坂はああ見えて、結構好奇心旺盛でロマンチストだからさ、もしかしたら結構ノリ気なんじゃないかな」

「うーん。まあ、実笠の方が桜坂のことは俺の何倍も知ってる訳だしな」

「愛衣のことも、幸田の何十倍も知ってるよ」

 今度はグーでパンチが飛んでくる。結構、強めに打ったのか、受け止めた手のひらがじんわり痛みを帯びた。

「お前、またそういうこと言い出すのか」

 幸田は拗ねたように口を尖らせる。
 愛衣の方を見ると、彼女もこちらに気が付いたのか、大きく手を振っている。

「幸田、愛衣のこと傷つけたら許さないからな」

 彼女に向けて手を振る幸田は、照れ臭いのか僕を見ない。

「言われるまでもないね」

「そっか。ならいいや」

「実笠は愛衣の父親みたいだな」

「それ、桜坂にも言われたよ。でもって、愛衣の父親は僕の数百倍は怖いよって教えてあげた」

「……まじか」

「まじだ」

 少し顔色が悪くなった幸田を見て、思わず笑みがこぼれた。
 委員長が集合の合図をかける。長い休憩も終わり、また練習の再開だ。

「実笠、最高の劇にしような!」

 幸田は立ち上がり、手を差し伸べてくる。

「よくそういう臭い台詞を恥ずかしげもなく吐けるよね」

「実笠も桜坂に見てもらいたいもんな」

「どうしてそこで桜坂の名前が出るんだよ」

 幸田の手をきつく握り、立ち上がる。

「そりゃ、実笠にも桜坂にも幸せになってもらいたいからな」

「なんだそれ、意味わかんない」

 僕は自然と笑みが浮かんでいることに、少し遅れて気が付いた。