愛衣と幸田と別れた時には、まだ白んでいた空はすっかり橙黄色に染まっていた。
「佐野倉さん、やっぱり告白したのね」
「お似合いに見えるから、良いんじゃない?」
彼女は意外そうな顔で僕を見る。それもそうだ。昨日までずっとぐちぐちと彼女に不満と悩みをばらまいていた男が、さっぱり気にしていないのだから、いかに心を読める彼女でも驚きものだろう。
「あの二人、幸せになれるかしら?」
彼女はまだ小さく見えている二人の背中を見て、意地悪そうに問いた。
「さあ、どうだろうね。二人の頑張り次第じゃないかな? ってか、幸田は愛衣を幸せにしないと許さない」
「篠原くん、佐野倉さんのお父さんみたいね」
「実際の愛衣の父親は、僕とは比べ物にならないくらい怖いよ」
「それは、雲宮くんも大変ね」
遠くで、二人が振り向く。僕と桜坂の話でもしていたのだろうか。
「さあ、僕たちも帰ろうか」
僕は二人に背を向けた。歩き出して数歩、後ろから小さな、小さな、今にも消えてしまいそうな声が聞こえて来た。
「――羨ましい」
僕は聞こえないふりをした。
思えば、この選択は間違いだったかもしれない。
この日以降、彼女とは会わずに夏休みが終わった。
何度、僕は繰り返すのだろう。
二学期初日、僕は自分の過ちに気づき、激しく後悔した。
あの時、もし聞こえないふりをしなかったら、何か変わっていたかもしれない。僕にもできることがあったかもしれない。もっと、良い思い出にできたかもしれない。
桜坂琴音は声を出せなくなっていた。