ピンポーン! と、来客を知らせる音が家の中に響いた。
ツムグが来た!?
ドキドキする胸を両手で押さえた。
やっぱり!
インターホンのTVモニター画面に、真面目くさった顔をしたツムグが映っていた。
「すぐ行く!」
インターホン越しに早口でひと言だけ伝えると、私は玄関に向かった。
気持ちはとても急いでいたのに、足はのろのろと進む。自分のことなのにまどろっこしい。
昨夜は眠るのが怖かった。起きたとき、今日の約束のことをきれいさっぱり忘れているんじゃないか……って。
でも朝になって目が覚めたとき、ツムグに早く会いたい! って思いが、私の中でいっぱいになっていて溢れ出そうだった。
そして、今日はツムグとゆっくりピクニックデートだ、と思うとワクワクもした。
「せっかくなんだから」
お母さんが大きな公園まで、車を出してくれることになった。
「帰りも電話をくれれば迎えに来るわ。よろしくね」
お母さんは自分の携帯番号を書いたメモをツムグに手渡した。
私じゃなくて、ツムグに頼むんだ。
お母さんから見て、今の私はそれほど頼りないらしい。少し落ち込んだ。
けれど、ツムグに手を貸してもらって車を下りたら、すぐに哀しい気持ちはどこかへ消えてしまった。
「無理しない範囲で楽しんできてね」
お母さんは微笑みながらも、少し心配そうに私たちを見送ってくれた。
でもツムグと過ごすんだから、大船に乗ったつもりでいてくれていい!
一緒に登下校するようになって、毎日私の変化を見ている。
私の脳はもはやポンコツで、足先に命令することはできないし、蛇口をひねって排水口に水を流すように記憶も次々に流れて消えていく。
それでもツムグは私に寄り添ってのっそり歩いてくれて、たぶん同じ話を何度も繰り返し聞かせてくれている。
ツムグ以上の彼氏、世界中を探したってどこにもいないよ。
ツムグが芝生広場にレジャーシートを大きく広げてくれた。
私とツムグだけなら、寝そべることだってできる大きさ。
お花見シーズンなら人口密度が高いはずのこのエリアも、今日は私たちだけの貸し切り。
桜はなくても、ツツジは満開だし、アジサイだって色付いて十分きれいなのに。
「ミイ、お腹空いてる?」
「あんまり、かな」
そういえば、最近、お腹が空くことがないかもしれない。運動らしい運動をしていないからかな?
家ではお母さんが食事を並べてくれるし、学校では給食の時間になるから食べてはいるけれど。
公園の中央広場に立っている時計を見た。もうお昼になっていた。
「でも食べたい!」
ツムグが私のために何を買ってきてくれたのか、気になった。
「よっし、ちょっと待ってろ」
ツムグがリュックから取り出して並べ始めた。
「まずはオムそば! 小学生の頃、夏休みの午前中にスイミングスクール通ったよな。あのとき、『お昼まで待てない』って言って、2人でよくこれ食べたの覚えてる?」
それは覚えていた。
「懐かしい!」
「次はジャン! パン屋のコッペパンに、肉屋のメンチカツ。あとスーパーでカットキャベツも買ってきた。コッペパンにキャベツとメンチカツをはさんで食べよう」
「わあ! メンチカツサンドにするんだね」
「ほら、この前、一緒にメンチカツ食べる約束、しただろ?」
……ええっと、したっけ?
これは私が忘れているパターンに違いない。
私は『うん』と言ってにっこり笑ってみせた。
そうしたら、ツムグも大きく笑ってくれた。
よかった、覚えているフリをして。
ツムグは食べながら、私との思い出話をたくさんしてくれた。
私がもう完全に忘れてしまったことも、ツムグは詳細に記憶していた。
ツムグは私のこと、ずっと覚えていてくれるんだろうか……
私がいなくなったあとも……
「ミイ、まだ入るか?」
「お腹いっぱーい。でも、甘いものなら?」
「ミイって、小さい頃から俺の母さんが作るスイートポテト好きだったよな」
「えーっ!? も、もしかしておばさんに頼んでくれたの?」
「ううん、違う。母さんにレシピだけ教えてもらって、昨夜、俺が作ったんだ」
「うっそー! ツムグって料理する人だった?」
「やんないよ。ミイのためだからがんばった」
そんなこと言っておいて、これから先は私以外の女の子に作ってあげるのかな……
「裏ごしすんの、面倒だった。だから、スイートポテトは一生ミイのためにしか作らないって決めた」
「私……限定?」
「そう。ミイだけに作るスイートポテト」
そのスイートポテトは、私ののどを通ると私の胸を締め付けた。
ツムグが来た!?
ドキドキする胸を両手で押さえた。
やっぱり!
インターホンのTVモニター画面に、真面目くさった顔をしたツムグが映っていた。
「すぐ行く!」
インターホン越しに早口でひと言だけ伝えると、私は玄関に向かった。
気持ちはとても急いでいたのに、足はのろのろと進む。自分のことなのにまどろっこしい。
昨夜は眠るのが怖かった。起きたとき、今日の約束のことをきれいさっぱり忘れているんじゃないか……って。
でも朝になって目が覚めたとき、ツムグに早く会いたい! って思いが、私の中でいっぱいになっていて溢れ出そうだった。
そして、今日はツムグとゆっくりピクニックデートだ、と思うとワクワクもした。
「せっかくなんだから」
お母さんが大きな公園まで、車を出してくれることになった。
「帰りも電話をくれれば迎えに来るわ。よろしくね」
お母さんは自分の携帯番号を書いたメモをツムグに手渡した。
私じゃなくて、ツムグに頼むんだ。
お母さんから見て、今の私はそれほど頼りないらしい。少し落ち込んだ。
けれど、ツムグに手を貸してもらって車を下りたら、すぐに哀しい気持ちはどこかへ消えてしまった。
「無理しない範囲で楽しんできてね」
お母さんは微笑みながらも、少し心配そうに私たちを見送ってくれた。
でもツムグと過ごすんだから、大船に乗ったつもりでいてくれていい!
一緒に登下校するようになって、毎日私の変化を見ている。
私の脳はもはやポンコツで、足先に命令することはできないし、蛇口をひねって排水口に水を流すように記憶も次々に流れて消えていく。
それでもツムグは私に寄り添ってのっそり歩いてくれて、たぶん同じ話を何度も繰り返し聞かせてくれている。
ツムグ以上の彼氏、世界中を探したってどこにもいないよ。
ツムグが芝生広場にレジャーシートを大きく広げてくれた。
私とツムグだけなら、寝そべることだってできる大きさ。
お花見シーズンなら人口密度が高いはずのこのエリアも、今日は私たちだけの貸し切り。
桜はなくても、ツツジは満開だし、アジサイだって色付いて十分きれいなのに。
「ミイ、お腹空いてる?」
「あんまり、かな」
そういえば、最近、お腹が空くことがないかもしれない。運動らしい運動をしていないからかな?
家ではお母さんが食事を並べてくれるし、学校では給食の時間になるから食べてはいるけれど。
公園の中央広場に立っている時計を見た。もうお昼になっていた。
「でも食べたい!」
ツムグが私のために何を買ってきてくれたのか、気になった。
「よっし、ちょっと待ってろ」
ツムグがリュックから取り出して並べ始めた。
「まずはオムそば! 小学生の頃、夏休みの午前中にスイミングスクール通ったよな。あのとき、『お昼まで待てない』って言って、2人でよくこれ食べたの覚えてる?」
それは覚えていた。
「懐かしい!」
「次はジャン! パン屋のコッペパンに、肉屋のメンチカツ。あとスーパーでカットキャベツも買ってきた。コッペパンにキャベツとメンチカツをはさんで食べよう」
「わあ! メンチカツサンドにするんだね」
「ほら、この前、一緒にメンチカツ食べる約束、しただろ?」
……ええっと、したっけ?
これは私が忘れているパターンに違いない。
私は『うん』と言ってにっこり笑ってみせた。
そうしたら、ツムグも大きく笑ってくれた。
よかった、覚えているフリをして。
ツムグは食べながら、私との思い出話をたくさんしてくれた。
私がもう完全に忘れてしまったことも、ツムグは詳細に記憶していた。
ツムグは私のこと、ずっと覚えていてくれるんだろうか……
私がいなくなったあとも……
「ミイ、まだ入るか?」
「お腹いっぱーい。でも、甘いものなら?」
「ミイって、小さい頃から俺の母さんが作るスイートポテト好きだったよな」
「えーっ!? も、もしかしておばさんに頼んでくれたの?」
「ううん、違う。母さんにレシピだけ教えてもらって、昨夜、俺が作ったんだ」
「うっそー! ツムグって料理する人だった?」
「やんないよ。ミイのためだからがんばった」
そんなこと言っておいて、これから先は私以外の女の子に作ってあげるのかな……
「裏ごしすんの、面倒だった。だから、スイートポテトは一生ミイのためにしか作らないって決めた」
「私……限定?」
「そう。ミイだけに作るスイートポテト」
そのスイートポテトは、私ののどを通ると私の胸を締め付けた。