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急速に進んだ脳の石灰化の影響は、運動機能だけでなく、知能にも大きく及んでいることを思い知らされた。
中間テストを受けてみて、それがはっきりと分かった。
新しい英単語や漢字はひとつも書けなかった。
それどころか、ついこの前まで読めていたはずの英文だってちんぷんかんぷんで、覚えていたはずの漢字も忘却の彼方。
それと今回のテスト範囲だった因数分解なんて、とてもじゃないけれど太刀打ちできなかった。
今の私では復習のはずの連立方程式どころか一次方程式を立てることもできなくなっているんだろうな。
できたはずのことが、できなくなっていく。
帰る道中ずっとツムグにグチってしまった。
ツムグは私のバッグを持って歩きながら、黙って聞いてくれた。
そうしてツムグがひと言もしゃべることがないまま、私の家に着いた。
私にバッグを返しながら、ようやくツムグが口を開いた。
「約束の休日デート、はするよな?」
はっ! とした。
言われて思い出した。
休日デート!
あんなに楽しみだったことをすっかり忘れていたことに気づいて、ダメ押しの衝撃を受けた。
「ミイ、きっと気分転換になるよ」
「でも私、行きたい場所なんてない。歩くのも遅くなっちゃったし、楽しく出かけられないと思う……」
自分がどこに行きたかったのかさえ、記憶にモヤがかかっていて分からない。
「無理に歩き回んなくてもいいよ。公園デートでもする? 天気予報では、明日は晴れるらしいし。レジャーシート持ってって、のんびり座ってればいい」
それならいいかも……という気がしてくる。
「俺が朝いちで、昼飯やデザートをテイクアウトで買ってくる。それから一緒に出掛けよう。ミイの好きなものなら把握してるから、俺に任せてくれよ」
「いい……の? そんなの、ツムグが楽しくないんじゃない?」
「俺プレゼンツの公園デートで、ミイを喜ばせたい! ミイを笑顔にできたら、俺もめちゃくちゃ楽しい!」
さっきまであんなにグチグチ言っていたくせに、私ってば実に単純。
顔がニヤけるのを抑えられなかった。
「決まりな! 明日、準備ができたら迎えに行く」
ツムグは私の頬に軽いキスをすると、自分の家まで駆けていってしまった。
私は、ツムグの唇が触れた頬を、指でそうっとなぞった。
その瞬間『あっ!』っと思った。
そうだった! 休日デートっていえば、例の約束もしていたんだった!
私の心臓は大きく動く。ドックドックドックドック……
私が生きていることを知らせてくれていた。