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体に異変を感じたのは、それから2日後の木曜日のことだった。
目が覚めてベッドから出ようとしたけれど、足がもつれて転げ落ちた。
ドスンッ! という大きな音に驚いたお母さんが私の様子を見に来た。
「寝ぼけてたの?」
「そうかも」
すぐに立ち上がろうとした。それなのに足が思うように動かなかった。
「ミイ、早く立ちなさい……ミイ、ミイ?」
私の変調にお母さんも気づいたらしい。お母さんの声が徐々に曇っていく。
ようやく立ち上がることができた。
「ケガはない!?」
「うん。痛いところもないよ」
「なら……いいわ。朝ごはんを食べに下りておいで」
そう言われたものの、階段を下りるのを難しく感じた。
突然、どうしたんだろう。昨日の夜までは何ともなかったのに……。
「明日、病院に行く日だから、お医者さんに話してみようね」
お母さんが優しくそう言った。でもその声に不安がにじんで
いたことに私は気づいていた。
そして金曜日。
病院でCT検査を受けた結果、どうやら脳の石灰化が今まで以上に加速して進んでいるらしいことが分かった。
一昨日よりも昨日、昨日よりも今日、思った通りに体を動かせなくなっていた。
だから、悲しかったけれど、驚きはなかった。『あー、そうなんだ』って。
今日の体育の授業だって、みんなに全然ついていけなかった。
「体育はいい加減諦めて、見学しないといけないなー」
診察結果を聞きに、夕方、私の家にやって来たツムグにそう話した。
「そんなに体が動かないのか? 走るとか歩くとかは?」
「走るとすぐ転んじゃう。歩くのも、早歩きは正直キツくなってきてる。だから来週からひとりで登校することにしたんだ」
いつも一緒に登校していた友達ふたりには、『足が痛いから治るまで別々に登校したい』と嘘をついた。
ふたりは『ゆっくり歩いてあげるよ』とも言ってくれた。
それなのに、強引に断ってしまった。
思い出すだけでも胸が痛む。
でも、事情を打ち明けてもいないくせに、迷惑だけかけるようなマネはしたくなかった。
「だったら俺と一緒に登校しよう。朝は自転車や車がスピード出してて危ないから」
「ツムグも友達と学校行ってなかった?」
「『彼女ができたから彼女と登校する』って説明すればいいよ」
「えーっ、友達は大事にしなきゃ!」
どの口が言ってるの? って自分でも思うけれど、私はいいの。
でもツムグは違う。
私がいなくなったあと、ツムグが独りぼっちになることがないようにしてほしい。
「大丈夫。男同士なんて、そんなもんだよ。それに、そんなきちんとした約束をしてるわけじゃないんだ。たまたま毎朝、同じ時間、同じ場所で出くわすようになったから、自然と一緒に登校するようになっただけ」
それだったらいいかな。私がいなくなったあと、ツムグはまた友達のところに戻れるだろうから。
「帰りも、一緒に帰れる日はなるべく一緒に帰ろう」
「ツムグ、ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。俺がミイと一緒に登下校したいだけ……」
ツムグが照れた。
私はふとコハルが言っていたことを思い出した。
『これから好きになってもらえばいいんだもんね!』
ねえ、ツムグの中に私のことを好きになる可能性ってある?
家を出る時間をずいぶん早くしてもらったはずなのに、学校に到着した時間はギリギリになりそうだった。
週末の間にもさらに歩くスピードが落ちたみたい。
明日からはもっと早く出発してもらえるようにツムグに頼まないと!
特に今週末は中間テストがある。
私はともかく、ツムグを遅刻させるわけにはいかないもん!
ところで、私はこんなふうに日に日に歩けなくなってしまうの?
恐怖を感じた。
歩けなくなったら、学校も休まなくちゃならなくなる?
それよりも私、あとどのくらい生きられるの?
考えながら歩いていたら、段差につまずいた。
「おおっと、危なっ!」
ツムグがとっさに腕をつかんでくれたお陰で転ばずに済んだ。
「ミイ、手……つながない?」
ツムグが遠慮がちに聞いてきた。
「えっ……さすがに手をつないで登校するのは恥ずかしすぎない?」
「そう、だよな……」
ツムグがしょげてしまった。
やだっ、そんな顔しないで!
「で、でも今週末のデートではまたつないでくれる?」
ツムグはぱっと笑顔になった。
「おお、約束。なら、今日のところは荷物だけ貸せよ。教室まで運んでやる」
そう言うと、私の通学バッグを少し強引に奪っていった。
ツムグは優しい。
付き合い始めてから、私ばっかりがしてもらっている気がする。
私は生きている間にツムグに何をしてあげられるんだろう……