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商店街入口のアーチが見えてきた。
「近所に住む幼なじみ同士が付き合うって、みんなこんな感じなのかもな。今までの延長でさ、その……そういうのがプラスされるだけっていうか……」
ツムグがつないでいる私たちの手を見た。
私はすっかり気分がよくなって、ニマニマしてしまう。
「『そういうの』って?」
ツムグの顔が赤くなった。
私はすっかり気分がよくなって、ツムグの顔を覗き込みながら続けた。
「手をつないだり?」
「そ、そうだよ。それと……その、キス、とか……」
っ!!
きっと私の顔は、瞬時にツムグ以上に赤くなったはず!
「もう、ツムグ、何考えてんのよー! 恥ずかしくなるようなこと言わないでっ」
ツムグってば、まさかキスまでするつもりでいるの!?
「ええっ、ミイが言ったんだろ!?」
あっ……
私に残っている時間が少ないことを打ち明けた、あの日の会話を思い出した。
『ファーストキスもまだのままだったら成仏できない』って叫んじゃったんだった……
もしも……、本当にもしもの話だけれど、ツムグがそこまでしてくれる覚悟でいてくれるなら、むしろ感謝しないといけない。
まあ、心配しなくても、そこまでするつもりはサラサラないと思うけれど。
「くそっ、俺の方が恥ずかしいよ」
「ごめん、思い出した! 言い出しっぺは私だった。ねえ、機嫌直して、久し振りにたい焼きでも食べない?」
「おっ、それ、いいな。なら、大通りを突っ切るよな?」
「うん……だけど、そうすると手つないだままで平気かな? 駅前っていくつか塾があるから、知り合いがいるかも。誰かに見られてもいい?」
「俺は……いいよ、気にしない! 『ミイと付き合うことになった』ってひと言、説明すればいいだけだろ? もしミイが嫌なら離すけど……」
そっか。私たち、もう中3だ。
とっくに、ふたりで歩いていたって冷やかされるような年齢ではなくなっていた。
それにツムグは私の彼氏になったんだった。
手をつないでいるところを知り合いに見られたって、困ることもない。
平気どころじゃない。恥ずかしいんだけど、むしろ見てほしいくらいかも。
たった15年で終わってしまう人生。
でもその中に、放課後デートをしたっていう記録が残ってほしい。みんなにも、私が楽しそうだったって記憶していてほしい。
「私だって全然嫌じゃないよ。知り合いに会ったら、『ツムグが私の彼氏になった』って自慢する!」
「自慢……になんかならないよ。俺が彼氏になったって」
「なる、なる。いっぱい自慢しちゃう!」
「恥ずかしいからやめてくれっ」
ツムグは本当に恥ずかしそうに横を向いてしまった。
「……それに自慢になるのは、ミイが彼女になる方だろ」
またツムグの独り言が聞こえた。
今度は私が恥ずかしくなる番だった。
私たちは手をつないだまま、無言で商店街のゲートを通過した。
コンビニ、整骨院、おそば屋さんを過ぎた辺りから、たい焼き屋さんののぼり旗が見えてきた。
「今日も粒餡とずんだ餡にする? それとも違うのにしてみるか?」
私たちはいつも粒餡とずんだ餡を1個ずつ買って、それを半分ずつにしていた。
「いつも通りがいい!」
ツムグが『りょーかい』と笑顔で返事をして、注文してくれた。
「粒餡とずんだ餡ください」
「はい、お待たせしました」
オープンパックに包まれたたい焼きを2つとも、ツムグが受け取った。
右手で持っている方のお腹は赤紫色が、左手の方は黄緑色が透けて見えている。
私たちはたい焼き屋さんの前に置かれている小さなベンチに腰を下ろした。
「ミイ、どっちから食べたい?」
「粒餡!」
「オッケー……」
ツムグは半分こにしようと思ったんだろう。
でも、両手にたい焼きを持っていて……。
少し考えてから右手を私の顔の前に突き出してきた。
「ミイ、かぶりつけ!」
「ええっ!?」
「ほら、俺が持ってるから!」
ええいっ!
私はたい焼きの頭をかじった。
「小さいよ。もう1回」
せーのっ。
今度はもう少し勢いよく噛みついた。
私が口の中のたい焼きをモグモグしていると、ツムグがキョロキョロしだした。
そして買い物袋を脇に抱えた女性が目の前を通り過ぎた直後、私の噛み跡がついたたい焼きにかぶりついた。
ツムグは空を見上げながらたい焼きを咀嚼した。
こっちを見ようとしない。
私はツムグの袖を引っ張った。
「照れてるの?」
「…………」
「そんなに照れるぐらいなら、やらなかったらいいのに」
「……ミイ、うるさい」
ツムグは横目で私を睨んだ。
それからまた、食べかけのたい焼きを私に向けた。
「ほら、ミイの番」
ええっ……ツムグのこと、冷やかすんじゃなかった。
は、恥ずかしいっ!
「温ったかいうちがおいしいんだから、ほら」
ええーいっ!
大きく口を開けて噛み切った。
「いい食べっぷり」
言いながら、ツムグももうひと口食べた。
そして『はい』と3度目、たい焼きを食べさせてくれようとしたとき、はたと気づいた。
「これ、すごくデートっぽい! デートだ! ……でも、すごく恥ずかしいよ」
「きちんとデートになってるのに文句言うなよ。なあ、このぐらいで恥ずかしがってて……」
ツムグは周囲を窺い、私に顔を寄せた。
「キスなんてできるのか?」
ドキンッ!
「つ、ツムグこそできるわけ?」
「俺? 俺はできる……よ、たぶん」
「何よ、自信ないんじゃない」
「ミイこそ、どっちなんだよ?」
「私……私は……」
顔と顔が10センチぐらい離れている今だって、こんなにドキドキしている。
この距離が0になったら……ドキドキし過ぎて、脳の石灰化と関係なく息が止まりそう!
で、でも……ツムグからしてくれるなら……
顔が近いせいで、経験もないのにリアルに想像できてしまって、顔が火照る。
返事をしないで済むように、思いっきりたい焼きにかぶりついた。
そのとき、こっち方向に歩いてくる人物と目が合った。
私はたい焼きにかぶりついたままフリーズしてしまった。
「ミイ!」
小学校からの友達、コハルだ。おまけに今年度はクラスも同じ。
ひとまず、たい焼きに噛みついたまま、手だけ上げてあいさつをしてみた。
「あれ? それとツムグも?」
どこからどう見ても、『ツムグにたい焼きを食べさせてもらっている私』な構図。
たい焼きをかみ切って口に入れたものの、それが大き過ぎてしゃべることができない。
代わりにツムグが口を開いた。
「偶然だな」
「うん……って、そんなことよりも……」
コハルが目を見開いて、私とツムグを交互に指さした。
コハル、他人を指さしたらいけないんだよ?
残念なことに、まだ口の中がいっぱいでそう指摘することはできなかった。
「あ、うん。俺たち付き合うことになった」
「えー、本当に? スゴい、スゴーい!
詳しく聞かせてほしいんだけど、今は時間ないから、明日学校で!」
コハルは『おめでとう!』と大きく手を振って嵐のように行ってしまった。
「……本当に『付き合ってる』って宣言しちゃったけど、あれでよかったか? ミイ、あいつと同じクラスだろ? 明日、色々聞かれるのはミイの方だと思うけど……」
口をまだモグモグさせていた私は、口元を手で隠して答えた。
「いい。私、『いっぱい自慢する』って言ったでしょ」
ゴクン! ようやく飲み込めた。
「……ほ、ほどほどに頼むな」
コハルにデート現場を目撃されて、『付き合ってる』宣言もしたからかな?
開き直ったというのか、腹をくくったというのか……。
残りのたい焼きはムズ痒さを感じたものの、そのムズ痒さを嬉しく思いながら食べさせてもらうことができた。
「あー、おいしかった! またチャンスがあったら食べたいなー」
「またいつでも来よう。だって放課後デートは1回だけでなくていいだろ?」
私がこのたい焼きを食べることはもうないかもしれない。
ツムグだってそれを分かっているはず。
それでもそう言ってくれたのが嬉しかった。